先日手に入れた無伴奏合唱曲のCDを聴いて、コダーイの「ジプシーがチーズを食べる(Túrót ëszik a cigány)」はやっぱりいい曲だなあ、と嘆息することしきり。
初めて小生がゾルターン・コダーイ(1882‐1967)を知ったのは、おそらく1966年のことではなかったか。とにかく彼はまだ生きていて、バルトーク亡きあとハンガリー音楽界の崇敬を一身に集める大作曲家だった。そのときラジオから流れてきたのが、組曲「ハーリ・ヤーノシュ」だったのは間違いない。このオーケストラ曲はコダーイの代表作として夙に名高く、20世紀音楽では例外的なことに、レコードが何種類も出ていたからである。むしろ今よりもずっとポピュラーだったかもしれない。
1968年5月、生まれて初めて生のオーケストラを聴いたとき、プログラム冒頭に置かれていたのが、何とこの曲であった。単身来日した若いハンガリー人指揮者がタクトを振り下ろすと、いきなり「ハックショ~ン」とばかりに全楽器が凄まじいクレッシェンドを奏でる(クシャミをして始める昔話は真実なのだとか。これから主人公ハーリが語るのは大法螺なのだが)。その響きの鮮烈なことといったら! ラジオで聴くのとまるで違う! 改めてこの曲の光彩陸離たる音色の魅力に酔いしれた。それからもちろん、イシュトヴァン・ケルテスの見るからに誠実な指揮姿にも。
その少し前だったかと思う。「ブダペスト・コダーイ少女合唱団」なる団体が作曲家ベンジャミン・ブリテンの招きで訪英し、コダーイ翁の立ち会いのもとロンドンで録音した「コダーイ、バルトーク、ブリテン:現代合唱名曲選」というLPが発売された(東芝 AA-8060)。そのA面の第一曲目が「ジプシーがチーズを食べる」だったのである。
(この項つづく)
日記も書いたし、風呂にも入った、そろそろ寝ようか。もう深夜だ。
何気なくNHKの衛星放送をつけたら、スウェーデンのメゾソプラノ歌手アンネ・ソフィー・フォン・オッターのドキュメンタリーをやっている。タイトルは「Northern Star」。
彼女自身の語りでこれまでの全キャリアを振り返る、実に興味深い内容。デビュー前にロンドンで学んだ恩師のこと、カルロス・クライバーとの「薔薇の騎士」の思い出、エルヴィス・コステロと出遭った経緯、名伴奏者フォシュベリに作曲家コルンゴルトの存在を教えられたこと、家族とくつろぐ別荘暮らし etc, etc. ほんのちょっとだが、ロバート・ウィルソン演出のオペラ「アルチェステ」の舞台も映った。片時も目を離せない映像に、眠気もどこかへ吹っ飛ぶ。
それが終わると、次はフォン・オッター&フォシュベリがパリのオルセー美術館で催したリサイタルの実況映像。女性作曲家セシル・シャミナードの歌曲ばかり歌う夕べである(2004年収録)。
軽妙洒脱とはこのような音楽をいうのだろう。同内容のCDももっているが、ライヴでは曲がいっそう手の内に入り、表現にさらなる磨きがかかった感じ。
ああ、東京でもこんなリサイタルが聴けたらなあ。
あれは本当にあったことなのだろうか。
2003年夏、翌年に控えた「幻のロシア絵本」展の準備のため、小生はモスクワに数日間滞在した。全く言葉が通じず、さんざん難儀したが、ともかく用件を済ませ、書店やミュージアムショップで購った新旧の書籍で一杯になった旅行鞄を引きずり引きずり、シェレメチェヴォ空港の待合所にたどりついた。
その少し前、通関時に「鞄の中身は何か」「書籍です」「1945年以前の本は入ってないだろうね」「いえ、すべて最近出版されたものばかりです(←大嘘)」というスリリングな質疑応答があり、内心ひやっとしたのだが、「鞄を開けたまえ」とまでは命ぜられず、事無きを得た。気がつくと、脂汗でぐっしょりだ。何しろ、鞄には1930年代の絵本や帝政期の書物が何冊も入っていたのである。
ベンチに坐ってほっと一息つく。まだ出発には一時間近くある。それまでに、この汗も乾くだろう。
真夏のモスクワはけっこう暑かった。季節外れなのでコンサートもオペラも全くなし。本屋と美術館しか行くところがなかったなあ。この次は春か秋にでも再訪しよう。そんなことをぼんやり考えていた。
そのときである。頭の禿げ上がった小太りの中年男が小生のすぐ脇を通りすぎた。白っぽい背広を着て、手には薔薇の花束。男は少し先まで行くと、何を思ったか、ふと立ち止まり、方向転換して再びこちらへ歩いてくる。小生とチラと眼が合った。
いかにも不機嫌そうな表情。深い眼窩から光る鋭い眼差し。間違いない。こんな風貌の男がほかにいるはずがない。ワレリー・アファナシエフその人だった。
なんだか白昼夢のようなシュールな光景で、こうして思い出しながらも、現実の出来事ではなかったような気がしてくる。
彼がクレーメルと共演したブラームスのCDを聴きながら、ふと脳裏に浮かんだ一場面である。やっぱりあれは夢だったのかなあ。
昨日の僥倖に気をよくして、今日も用事を済ませた帰りに、中古レコード屋のディスクユニオンに寄り道する。といっても御茶ノ水ではなく新宿の店のほうだ。
全部の棚をかなり丹念にみたのだが、どうも今日はハズレの日らしく、食指が伸びるには至らず。でもせっかく来たのだから、と数枚をチョイス。
*バルトーク/ヴァイオリン・ソナタ集 メニューヒン父子(Vn & Pf) [Adès]
ピアノは息子のジェレミー。80年の録音とて、父イェフディの技巧は衰え、音程も不安定。とはいうものの、無比のバルトークであることは疑いない。
*シューベルト「未完成」+メンデルスゾーン「イタリア」 豊田耕児&群馬響 [Camerata]
豊田が群響の音楽監督を務めていた時期(1980-87)の貴重な共演記録。響きこそ冴えないが、音楽的このうえない演奏だ。「オベロン」序曲も併録。
*ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ全集 クレーメル(Vn)&アファナシエフ(Pf) [DG]
容貌魁偉な二人ががっぷり組めば、出てくる音楽も相当に怪異(?)。とんでもなく遅い「雨の歌」。でも聴いてるうちにクセになりそう。87年録音。
*バッハ/チェロ・ソナタ(三曲) ほか 青木十良(Vc)&カルロ・ゼッキ(Pf) [Camerata]
特典盤として頒布された非売品CD。1983年録音だが音質はいささか貧弱。とはいえ、ゼッキの最晩年のピアノが聴ける歓びは何物にも替えがたい。
*カントルーブ/「オーヴェルニュの歌」第二集 ほか フォン・シュターデ(Ms) [CBS]
鬱陶しい夏を乗り切るための清涼剤として、高原の冷風のような音楽がいいのでは、とチョイス。指揮は先年世を去ったアントニオ・デ・アルメイダ。
こうして列挙してみると、二匹目のどぜうも、それなりに美味そうに思えてきた。
札幌から戻ったら、もう八月。うだるような暑さに苛まれているかといえば、さにあらず。昨日も今日も、晴天のわりに気温が上がらず、いたって過ごしやすい。日向を歩いてもいっこうに苦にならないのだ。
東京で用事を済ませ帰路につく道すがら、ふと思いついて御茶ノ水で途中下車、ディスクユニオンに立ち寄る。一昨日、札幌のタワーレコードで、世話になった友人へのプレゼント用にCDをあれこれ物色したが果たせず。そこで改めて馴染の中古屋で探すことにした。
どうやら今日はツキに恵まれているらしい。掘出物が面白いようにみつかる。進呈用にふさわしいと思ったのは以下の二枚。
*ガーシュウィン歌曲集/シルヴィア・マクネア(S)、テッド・テイラー(Pf) [BBC]
アメリカの名ソプラノがのびのびと歌うガーシュウィン・メロディ。極上の愉楽。1999年6月14日、ロンドン、ウィグモア・ホールでの実況。この日の聴衆のなかには小生もいた。
*The Songs That Got Away/サラ・ブライトマン(Vo) [Polidor]
近年の不自然な歌唱はいただけないが、当ディスクは秀逸。忘れられたミュージカルナンバーを発掘したアンソロジー。とりわけノエル・カワードの If Love Were All が絶品。
そのほかにも聴いてみたいディスクが続々と出てくる。
*On Wings of Song/フェリシティ・ロット(S)&アン・マレー(Ms) [EMI]
いにしえのシュヴァルツコップ&ゼーフリートの名盤を彷彿とさせる女声デュエット名曲集。ブリテン、メンデルスゾーン、ロッシーニなど。もちろん有名な「猫の二重唱」も収録。
*40th Anniversary/畠中恵子(S) [Keiko Hatanaka/Taraga]
知る人ぞ知る現代音楽のディーヴァの40歳記念盤。99年ライヴ。つい最近出たものらしい。モーツァルト、プッチーニ、武満、一柳、クセナキス、そして極めつけのシェルシ。
*オーケストラ伴奏歌曲集/Debra Kitabjian Every(Ms) [Bluebell]
フィラデルフィア出身のアルメニア系歌手。全然知らない人だが、モンセラバーチェ、レスピーギ、モーツァルトの歌曲が珍しい。伴奏指揮はスウェーデンの巨匠エールリング。
*マーラー、シュレーカー、ブゾーニ歌曲集/Anna Holroyd(Ms) [Auvidis]
1920年前後にシェーンベルクが主宰した有名な予約演奏会。そこで初演された室内楽伴奏歌曲ばかり集めた好企画。バックを務めるのはフランスのCamerata de Versailles。
*A Cappella/コンツェントゥス・ヴォカリス・ヴィーン [Koch Schwann]
モンテヴェルディ、メンデルスゾーン、ドビュッシー、プーランク、コダーイらの無伴奏合唱曲集。鍾愛の一曲であるコダーイ「ジプシーがチーズを食べる」が聴きたくて。
*ストラヴィンスキー、ラヴェル、プロコフィエフ/ヴィクトリヤ・ムローワ(Vn) [Philips]
ストラヴィンスキーはバレエから編曲した「ディヴェルティメント」。あとの二曲はVnソナタ。取り合わせの妙に惹かれて手に取った。ピアノ伴奏は名手ブルーノ・カニーノ。
*シベリウス/Vn協奏曲、タピオラ、交響曲第七番 [Ondine]
シベリウスの生前、1954年にヘルシンキで催された「シベリウス週間」の歴史的ライヴ。オイストラフのVnが期待できそう。あとの二曲はビーチャム&ヘルシンキ・フィル。
*バーナード・ハーマン/「偉大なるアンバーソン家の人々」 [Preamble]
言わずと知れたオーソン・ウェルズ監督第二作。盟友ハーマンがつけた映画音楽をオリジナル・スコアで初録音したもの。演奏はブレムナー&オーストラリア・フィル。
以上の十枚を購入。どうです、なかなか悪くないラインナップでしょう?