【秘宝発掘】
「シュガー・ベイブ・クリスマス・コンサート」ポスター(1975)⇒ これ
presents by TAKE ONE
シュガー・ベイブ・クリスマス・コンサート
12月23日(火)
新宿厚生年金会館小ホール
pm.6:00(開場)pm.6:30(開演)
(前売)1,000yen (当日)1,300yem
協賛/ニッポン放送、渋谷YAMAHA、パパソングス音楽出版、ロフト(荻窪、西荻窪、烏山、下北沢)
◉チケットは新宿ステーションビル(1F)チケットビューロー、渋谷ヤマハミュージックガイド、銀座4丁目鳩居堂、池袋西武デパート内赤城屋プレイガイド、ロフト各店にて好評発売中 !!
チケットの予約、お問い合せは:TAKE ONE 478-0331
シュガー・ベイブ
山下達郎/大貫妙子/村松邦男/寺尾次郎/上原裕
告井延隆(センチメンタル・シティー・ロマンス)
今からきっかり五十年前、1975年12月23日に新宿の東京厚生年金会館小ホールで催されたコンサートのポスター。当時、シュガー・ベイブのライヴは荻窪ロフトや渋谷のジァン・ジァンで毎月のように聴いていたから、わざわざ晴れがましい場まで出向くのには及ばない気がして、つい聴き逃してしまったのが悔やまれる。翌年春、このバンドが呆気なく解散してしまうのを知っていたなら、万難を排してでも出かけるべきだったろうが。それでも、このコンサートがよほど気になっていたのだろう、手元にチラシが何枚も残っているし、荻窪ロフトの入口の壁に、このA3判のポスターが掲げてあった情景を今でも鮮明に憶えている。憶えているどころではない、クリスマスを過ぎてもそのポスターが貼られたままだったので、こっそり剥がしてアパートに持ち帰った。だから、このポスターには上下に掲出紐の穴が開いている。
久しぶりのコンサートは鍾愛のオペラ——ラヴェルの《子供と魔法》全曲の演奏会形式上演。ただし、それでは一時間にも満たないので、前半にドビュッシーとデュリュフレが導入部ふうに加わっている。
東京交響楽団 特別演奏会 ラヴェル:歌劇『子どもと魔法』
2025年11月15日(土)14:00
東京オペラシティ コンサートホール
ドビュッシー: シレーヌ ~《夜想曲》より
デュリュフレ: 三つの舞曲
I. 嬉遊曲 II. タンブーラン III. 緩慢な舞曲
◇
ラヴェル: 歌劇《子供と魔法》
坊や/小泉詠子
母、中国茶碗、蜻蛉/加納悦子
肘掛椅子、樹/加藤宏隆
柱時計、牡猫/近藤 圭
安楽椅子、羊飼娘、梟、蝙蝠/鵜木絵里
火、姫君、夜鶯/三宅理恵
羊飼、牝猫、栗鼠/金子美香
ティーポット、小柄な老人(算術)、雨蛙/糸賀修平
合唱/二期会合唱団
ジョナサン・ノット指揮
東京交響楽団
悪戯坊やの乱暴狼藉を懲らしめようと、肘掛椅子やら大時計やら中国茶碗やらウェッジウッド製のティーポットやらがとっかえひっかえ現れては、諫め、なじり、叱り、威嚇する。後半ではさらに庭の木立や小動物たちがこぞって坊やに詰め寄って口々に責め苛む。およそ通常のオペラでは考えられない奇妙な登場人物と途方もない筋書なのだ。
だからこのオペラの上演は困難を極める。なにしろ茶碗と急須が珍妙なデュエットを歌い踊り、暖炉の炎がコロラトゥーラで歌いながら坊やを脅かし、破れた壁紙から画中人物たちが姿を現してラメントを呟く。最初から最後まで奇想天外な場面の連続なのだから、演出家たちはいつも頭を悩ませ、無い知恵を絞るのである。
今回のような演奏会形式だと、そのような苦心惨憺を免れる代わり、視覚を伴わずに音楽だけで物語の展開を聴衆に伝えなければならなくなる。装置も衣裳も所作もなしに、舞台上で何が起こっているのかを瞬時に理解させるのは至難の技だ。こちらもまた茨の道なのである。
しからば今日はどうだったか? 結論を記すなら、いろいろな努力と工夫で難関を突破して、たいそう上首尾な公演になったと思う。
まず、歌手たちがいずれも芸達者な名人上手、歌唱表現が高水準なばかりか、身振り手振りを交えて巧みに歌ったので、この奇想天外なお伽噺が手応えある演技の連なりにまで高められたように思う。舞台上方に掲出された電光字幕も、ただ単に台詞を追うばかりでなく、状況を説明する「ト書き」まで詳しく提示されたため、このオペラに不案内な聴衆も、舞台上で何がどう展開されているのか、字幕を目で追うだけで過不足なく把握できたのではなかろうか。
だが、何を措いても素晴らしかったのは、全体を率いる指揮者ジョナサン・ノットの統率力と、ラヴェルの音楽への理解の深さだろう。細部の精緻な彫琢については松本での小澤征爾に僅かばかり及ばない気がしたものの、あの独創的なオーケストレーションを「生身の音楽」として瑞々しく息づかせる手腕は並々ならぬ高度なものだ。
オペラの後半、舞台が夜の庭に転じてからのノットの采配の見事さと言ったら! ほの暗い闇のなかで明滅する生命の輝きを、奇蹟のように千変万化するオーケストラが映し出す。雨蛙や梟や蝙蝠がめいめい思いを口にし、やがて木々のコーラスも加わって、皆で必死に声を限りに「ママ!」と呼ぶクライマックスでは、作曲者がこの場面に籠めた真率な想いがまざまざと実感されて、聴いているだけでもう涙が滂沱と流れるのを禁じ得なかった。こんなにも凄い音楽、真実の愛に満ちた至純なオペラをラヴェルは書いたのだ...。
終演後、年甲斐もなく目頭を押さえながらロビーに出たら、やはり同じように両眼を泣きはらして佇む人がいた。旧知の石黒万里生氏だ。「日本モーリス・ラヴェル友の会」を主宰する氏はこの演奏会のため金沢からわざわざ上京したのだという。しばし彼と言葉にならない感激を分かち合ったのち、後ろ髪を引かれながら会場を後にした。
こんな感動的なラヴェルは滅多に聴けるものではない。作曲家生誕百五十年、オペラ初演百年の記念すべき年にふさわしい演奏会だった。
大森さわこ女史が心ゆくまでケン・ラッセル監督を語り尽くした文章を読むのはなんという歓びだろう。こういう共感体験を久しく忘れてしまっていた。《肉体の悪魔》(1971)リヴァイヴァル上映(新宿 ケイズシネマ「奇想天外映画祭」)の大好評を受けてのことだ。願わくばこれが新たなる復活の始まりでありますように。