【Concerts 1968–2024: the best 55 in my life】
七十二歳になった記念に、これまでの人生で体験した忘れがたい演奏会を五十五本、年代を追って挙げてみた。短いコメント付き。古老の戯言とご寛恕されたい。
01)
1968年5月3日(金・祝)
19:00– 東京・新宿、東京厚生年金会館大ホール
日本フィルハーモニー交響楽団 特別演奏会
指揮/イシュトヴァーン・ケルテス
日本フィルハーモニー交響楽団
ピアノ/ロベール・カサドシュ
[曲目]
コダーイ: 組曲《ハーリ・ヤーノシュ》
ベートーヴェン: ピアノ協奏曲 第五番
ドヴォジャーク: 交響曲 第九番
❖ 生まれて初めて体験した実演。ケルテス指揮、カサドシュ独奏という豪華さ。《ハーリ・ヤーノシュ》冒頭の鮮やかな大音響が耳に残る。
02)
1969年12月13日(土)
15:00– 東京・内幸町、NHKホール
「NHK シンフォニーホール」公開録画
指揮/岩城宏之
NHK交響楽団
ヴィオラ/今井信子
[曲目]
ベルリオーズ: 序曲《ローマの謝肉祭》
ヒンデミット:《シュヴァーネンドレーアー(白鳥の肉を焼く男)》
チャイコフスキー: 交響曲 第五番
❖ 葉書を出して抽籤に当たった旧NHKホールでの無料演奏会。この日が今井信子(芳紀二十六歳!)の日本デビューだった。
03)
1970年1月15日(木・祝)
14:00– 東京文化会館大ホール
ピアノ/マルタ・アルヘリッチ
[曲目]
バッハ: イギリス組曲 第二番
シューマン: ソナタ 第二番
リスト: 葬送曲
ラヴェル: 水の戯れ
ショパン: バラード 第三番、スケルツォ 第二番 ほか
❖ 初来日公演の初日。最前列で芳紀二十八歳のアルへリッチによる鮮烈な演奏に聴き惚れ、酔いしれた。
04)
1970年4月21日(火)
19:00– 東京、日比谷公会堂
読売日本交響楽団 第53回名曲シリーズ「スイスの夕」
指揮/シャルル・デュトワ
読売日本交響楽団
フルート/オーレル・ニコレ
ソプラノ/リーザ・デラ・カーザ
[曲目]
オネゲル: 交響曲 第三番《典礼風》
マルタン: フルートと弦楽合奏、ピアノのためのバラード
リヒャルト・シュトラウス:
四つの最後の歌
《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯》
❖ 大阪万博に関連した「スイスの夕」。これがシャルル・デュトワの日本デビュー。デラ・カーザの《四つの最後の歌》が「眠りに就こうとして」から開始されて驚愕。
05)
1970年5月21日(木)
19:00– 東京文化会館大ホール
指揮/ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
[曲目]
ベルリオーズ: 幻想交響曲
ラヴェル:《亡き王女のためのパヴァーヌ》
ラヴェル: 組曲《ダフニスとクロエ》第二番
❖ 大阪万博で来日したカラヤン&ベルリン・フィルの「フランス・プロ」。完全無欠の合奏能力にただただ圧倒された。百名のアンサンブルなのに、隅々にまで意思統一が行き届いて、まるでカラヤンの指揮棒からじかに音が出ているかのよう。
06)
1971年11月6日(土)
19:00– 東京文化会館大ホール
「協奏曲の夕」
チェロ/ムスチスラフ・ロストロポーヴィチ
指揮/森 正
NHK交響楽団
[曲目]
ハイドン: チェロ協奏曲 ハ長調
シューマン(ショスタコーヴィチ編): チェロ協奏曲
ドヴォジャーク: チェロ協奏曲
❖ ロストロポーヴィチ全盛期(禿頭ながら当時まだ四十四歳)の協奏曲三本立て公演。壮絶そのもののドヴォジャークに言葉を失う。
07)
1972年3月14日(火)
18:30– 東京文化会館大ホール
都民劇場音楽サークル第197回定期公演
朗読/松本典子
フルート/オーレル・ニコレ、クリスティアーヌ・ニコレ
ヴィオラ/深井碩章
ハープ/ウルズラ・ホリガー
指揮/ハインツ・ホリガー ほか
[曲目]
ドビュッシー:
シランクス、劇音楽《ビリティスの歌》、フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ ほか
❖「バーゼル・アンサンブル」による珠玉のドビュッシー尽くし。日本語朗読付き《ビリティスの歌》(日本初演だったか)はホリガー指揮による。
08)
1972年3月23日(木)
19:00– 東京文化会館大ホール
日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会
指揮/オッコ・カム
日本フィルハーモニー交響楽団
フルート/オーレル・ニコレ
オーボエ/ハインツ・ホリガー
ハープ/ウルズラ・ホリガー
[曲目]
サリエリ: フルートとオーボエのための協奏曲
武満徹:《ユーカリプス》
ブルックナー: 交響曲 第三番
❖ フジテレビからの支援を絶たれ、孤立無援となった日本フィル渾身の演奏会。《ユーカリプス》は1970年に次ぐ世界初演の独奏者三人による再演だった。
09)
1972年6月1日(木)
19:00– 東京・新宿、東京厚生年金会館大ホール
「ショスタコーヴィチ交響曲第15番 本邦初演記念演奏会」
指揮/ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
モスクワ放送交響楽団
[曲目]
ベルリオーズ: 幻想交響曲
ショスタコーヴィチ: 交響曲 第十五番
❖ 国外初演である大阪公演(1972年5月10日)に続くショスタコーヴィチの《第十五番》東京初演。ロジェストヴェンスキーの巧緻な指揮に耳目が釘付け。
10)
1973年5月25日(金)
読売日響第93回定期演奏会
19:00- 東京文化会館大ホール
指揮/若杉 弘
読売日本交響楽団
鈴木寛一=ペレアス
林 靖子=メリザンド
田島好一=ゴロー
斉 求=アルケル王
戸田敏子=ジュヌヴィエーヴ
中山早智恵=イニョルド
塩沢孝通=医師
日本プロ合唱団連合
[曲目]
ドビュッシー: 歌劇《ペレアスとメリザンド》
❖ 演奏会形式ながら1958年のジャン・フルネ指揮による日本初演から十五年ぶりの再演。膝上の原文テクストと首っ引きで理解に努めたのを思い出す。
11)
1973年5月28日(月)
19:00– 東京文化会館大ホール
指揮/エヴゲニー・ムラヴィンスキー
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
[曲目]
グリンカ: 歌劇《ルスランとリュドミラ》序曲
プロコフィエフ: 組曲《ロミオとジュリエット》
ブラームス: 交響曲 第四番 ほか
❖ ムラヴィンスキー初来日東京公演二日目。プロコフィエフの剛毅、ブラームスの格調。途轍もなく高度な達成にしたたか打ちのめされた。
12)
1975年5月16日(金)
19:00– 東京文化会館大ホール
「ロシア=ソビエト音楽祭」
指揮/ルドリフ・バルシャイ
モスクワ室内管弦楽団
[曲目]
プロコフィエフ(バルシャイ編):《束の間の幻影》(十五曲)
ショスタコーヴィチ: 交響曲 第十四番 ほか
❖ すでに慣れ親しんだショスタコーヴィチ《死者の歌》だが、これが日本初演。鋭利な切れ味のバルシャイ指揮に感嘆。
13)
1977年10月12日(水)
19:00– 東京文化会館大ホール
指揮/エヴゲニー・ムラヴィンスキー
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
[曲目]
ウェーバー: 歌劇《オベロン》序曲
シューベルト: 交響曲 第八番《未完成》
チャイコフスキー: 《胡桃割り人形》抜粋
❖ ムラヴィンスキーと手兵の三度目の来日公演にして、最も震撼させられた特別な一夜。底知れない奈落の深みへと引き込まれる思い。
14)
1978年4月1日(土)、4月26日(水)
19:00– 東京文化会館大ホール、日比谷公会堂
作曲家の個展・小倉朗 新響 第79回演奏会「小倉朗交響作品展」
指揮/芥川也寸志
新交響楽団
ヴァイオリン/都河和彦
[曲目]
(第一夜)
小倉朗: 交響組曲 イ短調、オーケストラのためのブルレスク ほか
(第二夜)
小倉朗: オーケストラのための舞踊組曲、ヴァイオリン協奏曲 ほか
❖ わが恩師である小倉朗の代表作を網羅した空前絶後の演奏会。その生涯の営みの厳しさを重みを思い知らされた。
15)
1987年12月11日(金)
20:00– 東京・駿河台、カザルスホール
ピアノ/ミエチスワフ・ホルショフスキ
[曲目]
バッハ: イギリス組曲 第五番
モーツァルト: ピアノ・ソナタ 第十二番 ほか
❖ 九十五歳のホルショフスキ翁による至純の芸に魅了されて、深く頭を垂れた。今はなきカザルスホールの杮落し演奏会。
16)
1988年5月12日(木)
レニングラード、フィルハーモニー・ホール
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会
指揮/ワシリー・シナイスキー
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン/ヴィクトル・トレチャコフ
[曲目]
ボリス・チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン: 交響曲 第三番 ほか
❖ 出張先のレニングラードでたまたま遭遇した定期公演。ムラヴィンスキー歿後わずか四か月、亡き巨匠の残照が随所に聴きとれた。「葬送行進曲」が胸に沁みた。
17)
1993年11月1日(月)
18:30– 東京・内幸町、イイノホール
バリトン/カミーユ・モラーヌ
ピアノ/花岡千春
[曲目]
シャブリエ: 肥えた七面鳥のバラード、蝉
フォーレ:《ヴェネツィアの五つの歌》
ラヴェル:《博物誌》 ほか
❖ 八十二歳を目前にして現役、余裕綽々と美声を披露するモラーヌ翁の驚くべき至芸にただただ舌を巻いた。
18)
1993年12月8日(水)
19:00– ロンドン、クィーン・エリザベス・ホール
ソプラノ/シルヴィア・マクネアー
メゾソプラノ/アンネ・ソフィー・フォン・オッター ほか
指揮/ジョン・エリオット・ガーディナー
イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団
[曲目]
モンテヴェルディ: 歌劇《ポッペアの戴冠》
❖ 初のロンドン滞在で遭遇した至高の《ポッペア》。甘美で峻厳で人間的。名歌手たちの饗宴に圧倒された。ライヴ収録されCD化。
19)
1995年6月23日(金)
ベルリン、コーミッシェオーパー
演出/ハリー・クプファー
指揮/ロルフ・ロイター
[曲目]
モーツァルト: 歌劇《フィガロの結婚》
❖ 休暇で初めて訪ねたベルリンで遭遇。まるでドン・ジョヴァンニさながらのアルマビーヴァ侯爵の造形に、クプファー演出の妙諦を知る。
20)
1996年11月28日(木)
20:00– ミュンヘン、ヘルクレスザール
ピアノ/アナトリー・ウゴルスキー
[曲目]
バッハ(ブラームス編): シャコンヌ
ムソルグスキー: 組曲《展覧会の絵》
スクリャービン: ソナタ 第二、第四番 ほか
❖ 本務の出張でミュンヘンに到着した晩、招待されていきなり遭遇したウゴルスキーの至芸。全く類を見ない独創的な《展覧会の絵》に昂奮、夜も眠れず。
21)
1997年2月15日(土)
15:00– 彩の国さいたま芸術劇場小ホール
「畠中恵子 クルト・ヴァイルほかを歌う」
ソプラノ/畠中恵子
ピアノ/フベルトス・ドライヤー
話/岩渕達治
[曲目]
ワイル: ナイトシフトの相棒へ、アラバマ・ソング、スラバヤ・ジョニー ほか
武満徹: ワルツ ~映画《他人の顔》より
❖ 小スペースでのレクチャー付きリサイタル。畠中恵子の途轍もない力量に瞠目。岩淵教授の名講義も裨益するところ大。
22)
1997年2月22日(土)
18:00– 東京・天王洲、アートスフィア
ヴォーカル/マリアンヌ・フェイスフル
[曲目]
ワイル/アラバマ・ソング、スラバヤ・ジョニー
ジャガー、リチャーズ、オールダム/アズ・ティアーズ・ゴー・バイ
カワード/イフ・ラヴ・ワー・オール ほか
❖ 新アルバム "Twentieth Century Blues"(1996)に因んだ世界ツアーで来日。ドスの効いたしわがれ声から浮かび上がる20世紀の光と影。ワイルとカワードが絶品!
23)
1997年3月1日(土)
19:00– 東京・渋谷、シアターコクーン
東京室内歌劇場 第28期 第88回定期公演
演出/市川右近
指揮/若杉弘
東京室内歌劇場、ソナスアンサンブル
[曲目]
モンテヴェルディ: 歌舞劇《花盛羅馬恋達引(ポッペアの戴冠)》
❖ 古楽器演奏による正統的な上演ながら、歌舞伎役者の演出、艶やかな平安装束と和風の所作による舞台は圧巻。若杉弘と東京室内歌劇場による最高の到達点だ。
24)
1997年6月27日(金)
19:30– ロンドン、ナショナル・シアター(リットルトン・シアター)
演出/フランチェスカ・ザンベッロ
主演/マリア・フリードマン ほか
[曲目]
ワイル: ミュージカル《暗闇の女》
❖ ロンドン休暇で遭遇した米国時代のワイル音楽劇の最高傑作。舞台は隅々まで洗練され、演劇としての高度な達成に舌を巻く。
25)
1997年10月13日(月)
21:00– パリ、テアトル・モリエール(メゾン・ド・ラ・ポエジー)
語り/ユーグ・キュエノー
テノール/ジャン・ベリアール
ピアノ/ビリー・エイディ
[曲目]
サティ:《ソクラテス》
プーランク:《仔象のババール》
❖ 急なパリ出張時、九十五歳のユーグ・キュエノーが出演と知って駆けつけた。颯爽と登場し、矍鑠と《ババール》を朗読する翁の血色のいい姿に圧倒された。
26)
1997年10月14日(火)
19:30– パリ、オペラ座(パレ・ガルニエ)
演出/ロバート・ウィルソン
ソプラノ/ドーン・アップショー
バリトン/ジョゼ・ヴァン・ダム ほか
指揮/ジェイムズ・コンロン
パリ国立オペラ座管弦楽団・合唱団
[曲目]
ドビュッシー: 歌劇《ペレアスとメリザンド》
❖ 生まれて初めて実見した《ペレアス》の舞台はあらゆる想像を超えて革新的。何もない舞台に象徴主義の現代的再生を実感。演出家の天才にひれ伏した一夜。
27)
1997年10月15日(水)
19:30– パリ、オペラ・バスティーユ
演出/グレアム・ウィック
指揮/ジェフリー・テイト
パリ国立オペラ座管弦楽団・合唱団
[曲目]
ワイル: 歌劇《マハゴニー市の興亡》
❖ ガルニエ宮での驚愕の《ペレアス》の翌日はバスティーユで《マハゴニー》。的確なテイトの指揮、練り上げられた舞台に震撼させられ、背筋が凍り着いた。
28)
1997年10月17日(金)
21:00– パリ、ラ・ペニッシュ・オペラ
演出/ミレイユ・ラロッシュ
出演/ベアトリス・クラモワ、リオネル・パントル ほか
音楽監督/ジャン=クロード・ペヌティエ
[曲目]
ルイ・ベーツ: 喜歌劇《S. A. D. M. P.》
クロード・テラス: 喜歌劇《秘密の箱》
❖ サン=マルタン運河に浮かぶ平底船(ペニッシュ)での忘れられたオペレッタ二題。ピアノ伴奏による数十年ぶりの復活上演をスノッブな七十人の観衆と享受する密やかな歓び。
29)
1998年6月4日(木)
19:45– ロンドン、バービカン・シアター
"bite 1998"
演出/トリーシャ・ブラウン
指揮/ルネ・ヤーコプス
コンチェルト・ヴォカーレ、コレギウム・ヴォカーレ ほか
[曲目]
モンテヴェルディ: 歌劇《オルフェオ》
❖ 正統的な古楽器演奏による上演だが、演出は現代的なモダン・ダンスによる。トリーシャ・ブラウンが歌手たちを特訓し、見事な振付を施した劃期的な舞台。
30)
1998年6月5日(金)
19:30– ロンドン、コクレイン・シアター
"The BOC Covent Garden Festival of Opera & Music Theatre"
演出/イアン・バートン
指揮/エティエンヌ・シーベンス
プロメテウス・アンサンブル
[曲目]
ワイル:《マハゴニー・ソングシュピーゲル》《ハッピー・エンド》
❖ 世にも珍しいブレヒト=ワイルの二本立て。簡素な舞台装置によるミニマルな上演だったが、寸鉄人を刺す鋭い演出と歌唱。
31)
1999年6月3日(木)
19:30– ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
指揮/リチャード・ヒコックス
フィルハーモニア管弦楽団
メゾソプラノ/アンネ・ソフィー・フォン・オッター
[曲目]
エルガー:
序曲《南国にて(アラッシオ)》
歌曲集《海の絵》
エニグマ変奏曲(原典版)
❖ 名匠ヒコックス指揮による極上のオール・エルガー・プロ。フォン・オッター歌唱による《海の絵》のクールな味わいに痺れた。
32)
1999年6月4日(金)
19:30– ロンドン、コラシーアム
イングリッシュ・ナショナル・オペラ公演
演出/ジョナサン・ミラー
指揮/ノエル・デイヴィス
イングリッシュ・ナショナル・オペラ管弦楽団・合唱団
[曲目]
ヴェルディ: 歌劇《リゴレット》
❖「読み替え」演出の成功例として名高いジョナサン・ミラーの《リゴレット》を本場で鑑賞。17世紀のマントヴァ宮廷が20世紀ニューヨークのマフィアの殺人劇として成立する奇蹟を目の当たりに。マントヴァ公爵は「デューク」なのだ。
33)
1999年6月11日(金)
19:00– ロンドン、ギルドホール・スクール・シアター
演出/ダニエル・スレイター
指揮/ジェイソン・レイ
ギルドホール音楽学校管弦楽団・合唱団・独唱者
[曲目]
フォーレ: 歌劇《ペネロープ》
❖ 一か月のロンドン滞在なので音楽学校の卒業公演まで拝見。稀少なフォーレの歌劇の完全上演。歌唱も演技もプロ並みで舌を巻いた。
34)
1999年6月14日(月)
13:00– ロンドン、ウィグモア・ホール
"BBC Radio 3 Lunchtime Concert"
ソプラノ/シルヴィア・マクネアー
ピアノ/テッド・テイラー
[曲目]
ガーシュウィン: サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー、シャル・ウィー・ダンス、バイ・シュトラウス、ゼイ・キャント・テイク・ザット・アワイ・フロム・ミー ほか
ワイル: マイ・シップ ~《暗闇の女》
❖ 一時間の小プログラムながら、マクネアー嬢の絶妙な歌とMC、素敵な立居振舞に魅了された。BBCがラジオ中継し、のちCD発売された。
35)
2000年5月17日(水)、18日(木)
19:30– ロンドン、コヴェント・ガーデン王立歌劇場
ロイヤル・バレエ団公演
"The Diaghilev Legacy"
指揮/アンドレア・クィン
コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
[曲目]
プーランク:《牝鹿》
ドビュッシー:《牧神の午後》《遊戯》
ストラヴィンスキー:《火の鳥》
❖ コヴェントガーデンで観た「バレエ・リュス」四本立て。すべて往時の振付と舞台装置を彷彿とさせる。《遊戯》は初の復元上演。
36)
2000年5月30日(火)
19:30– ロンドン、ピーコック劇場
"The BOC Covent Garden Festival"
演出/ポール・カラン
ソプラノ/マリー・マクローリン
指揮/ローベルト・ツィーグラー
BBCコンサート・オーケストラ
[曲目]
スポリアンスキー: 《プリム氏にお電話を!》
ワイル: 《七つの大罪》
❖《七つの大罪》を同時代のスポリアンスキーの珍しいミュージカルと二本立てで。音楽的にも演劇的にも申し分なく秀逸な舞台に魅了された。
37)
2001年1月14日(日)
19:00– サンクト・ペテルブルグ、フィルハーモニー・ホール
指揮/パーヴォ・ベリルンド
サンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン/樫本大進
[曲目]
メンデルスゾーン: 序曲《フィンガルの洞窟》
メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲
シューベルト: 交響曲 第七番 (大交響曲)
❖ 出張でペテルブルグに着いた当夜たまたま遭遇。ベリルンド(ベルグルンド)の指揮が老練の極みで、心を揺さぶられた。外は凍てつく極寒の夜。
38)
2001年1月20日(土)
19:30– パリ、シャンゼリゼ劇場
演出・指揮/ジャン=クロード・マルゴワール
ラ・グランド・エキュリエ・エ・ラ・シャンブル・デュ・ロワ
[曲目]
モンテヴェルディ: 歌劇《ポッペアの戴冠》
❖ 出張の最後に滞在したパリで遭遇できたマルゴワール指揮による《ポッペア》上演。簡素な白の舞台装置を活かした美しい舞台だった。
39)
2003年5月2日(金)
18:30– 水戸芸術館コンサートホールATM
メゾソプラノ/アンネ・ソフィー・フォン・オッター
ピアノ/ベンクト・フォシュベリ
[曲目]
マーラー: この歌を創ったのは誰、高い知性への讃歌、浮世の暮らし、美しい喇叭の鳴り響くところ ~《子供の魔法の角笛》
ワイル: ナナの歌、海賊ジェニー、赤いローザ、私の舟 ほか
❖ 巧緻に歌い分けたマーラー。肺腑を抉るようなワイル。絶頂期のフォン・オッターの凄い歌の力に圧倒された一夜。すぐ後ろにたまたま吉田秀和館長ご夫妻が坐ったのにも緊張した。
40)
2003年8月13日(水)
14:30– ロンドン、ドルーリー・レイン王立劇場
演出/トレヴァー・ナン
[曲目]
フレデリック・ロウ: ミュージカル《マイ・フェア・レディ》
❖ 数日のロンドに滞在で《マイ・フェア・レディ》再演に遭遇、しかも1958年の英国初演の地ドルーリー・レイン王立劇場で。見事な舞台に酔って外に出ると、そこは劇中と同じコヴェントガーデン! 思わず立ち眩みした。
41)
2004年2月9日(月)
19:00– 東京・赤坂、サントリーホール
新日本フィル サントリーホールシリーズ 第366回定期公演
指揮/広上淳一
新日本フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン/タズミン・リトル
[曲目]
ロッシーニ: 歌劇《ウィリアム・テル》序曲
ディーリアス: ヴァイオリン協奏曲
ショスタコーヴィチ: 交響曲 第十五番
❖ 変わった曲目編成だが、ロッシーニとショスタコーヴィチとはちゃんと対応する。間に挟まれたディーリアスの協奏曲が浮いてしまったが、タズミン女史の演奏自体はまさに天下一品!
42)
2006年9月24日(日)
11:00– 東京・荻窪、名曲喫茶ミニヨン
カフコンス 第30回 「ケックランと女優たち」
フルート、ピッコロ/渡辺玲奈
ソプラノ/渡辺有里香
サクソフォン/伊藤あさぎ
ピアノ/川北祥子
[曲目]
ケックラン:《リリアンのアルバム》第一集
ケックラン:《ジーン・ハーロウの墓碑》
❖ サロン・コンサートの雄「カフコンス Cafconc」が企てた夢の二本立て公演。わずか四十五分でシャルル・ケックランと映画との深い縁を手際よく証拠だてた。
43)
2007年3月25日(日)
14:30– 東京・赤坂、紀尾井ホール
オーケストラ・ニッポニカ 第11回演奏会
「深井史郎作品展 生誕100年記念」
指揮/本名徹次
オーケストラ・ニッポニカ
独唱/星川美保子(s)、穴澤ゆう子(a)、谷口洋介(t)、浦野智行(bar)
合唱/東京クラシカルシンガーズ
[曲目]
深井史郎:
《パロディ的な四楽章》(1937年版)
十三の奏者のためのディヴェルティスマン―宮沢賢治の童話による―
《平和の祈り》~四人の独唱者及び合唱と大管弦楽のための交声曲
❖ 近代日本の管弦楽曲の発掘に尽力する「オーケストラ・ニッポニカ」渾身の企て。深井史郎の先駆的な才能を鮮やかに印象づけた。
44)
2007年9月25日(火)
19:30– 東京・錦糸町、すみだトリフォニーホール
「トリフォニーホール《ゴルトベルク変奏曲》2007」
アコーディオン/ミカ・ヴァユリネン
[曲目]
バッハ: ゴルトベルク変奏曲
❖ 直前に開催を知り当日券で聴いた。驚異的に自在で、凝縮した音楽。ヴァユリネンの妙技に圧倒され、アコーディオンがバッハの真髄を捉える楽器と確信した。
45)
2008年5月16日(金)
19:30– ロンドン、セント・ジョンズ、スミス・スクエア
"Lufthansa Festival of Baroque Music 2008"
指揮/フィリップ・ヘレヴェッヘ
コレギウム・ヴォカーレ・ヘント
ソプラノ/ドロシー・ミールズ
アルト(男声)/ダミアン・ギヨン
テノール/ヤン・コボウ
バス/シュテファン・マクリード
[曲目]
バッハ:
復活祭オラトリオ BWV249
カンタータ 第六十八番《かくも神は世を愛し給えり》
昇天祭オラトリオ BWV11
❖ 所用で出向いたロンドンで「ルフトハンザ・バロック音楽祭」に遭遇。ヘレヴェッヘと手兵による至純のバッハ。少人数コーラスの品格と美に強く打たれた。
46)
2010年11月7日(日)
11:15– 東京・笹塚、Blue-T
カフコンス 第76回「ポール・ボウルズの音楽 ~生誕100年記念」
ストラヴィンスキー・アンサンブル
ピアノ/川北祥子
バリトン/薮内俊弥
ソプラノ/宮部小牧
クラリネット/大橋裕子
トランペット/松山萌
打楽器/須長竜平
[曲目]
ボウルズ:
前奏曲 第一番 トランクィッロ ~六つの前奏曲集
「天国の草地」詞/テネシー・ウィリアムズ
「孤独な男」詞/テネシー・ウィリアムズ
「妹の手を取って」 詞/ジェイン・ボウルズ
「心から遠く離れて」詞/ジェイン・ボウルズ
「フレディへの手紙」詞/ガートルード・スタイン
「エイプリル・フール・ベイビー」詞/ガートルード・スタイン
「かつて一人の婦人がここにいた」詞/ポール・ボウルズ
「森の中で」詞/ポール・ボウルズ
「秘密の言葉」詞/ポール・ボウルズ
《笑劇のための音楽》
❖ サロン・コンサート「カフコンス Cafconc」がまたしても放った見事な企画。魅惑的なポール・ボウルズの音楽を一時間に凝縮して聴かせた。
47)
2010年11月30日(火)
19:30– ロンドン、コラシーアム
イングリッシュ・ナショナル・オペラ公演
原作/ミハイル・ブルガーコフ "Собачье сердце" (1925)
台本/チェーザレ・マッツォニス
英訳/マーティン・ピカード
演出/サイモン・マクバーニー
美術/マイケル・レヴァイン
衣裳/クリスティナ・カニンガム
照明/ポール・アンダソン
指揮/ギャリー・ウォーカー
イングリッシュ・ナショナル・オペラ管弦楽団・合唱団
出演/
プレオブラジェンスキー教授=スティーヴン・ペイジ
助手ボルメンターリ=リー・メルローズ
シャリコフ=ピーター・ホアー
犬シャリク(愉快な声)=アンドルー・ウォッツ
犬シャリク(不愉快な声)=エレーナ・ワシーリエワ
料理女ペトローヴナ=エレーナ・ワシーリエワ
女中ジーナ=ナンシー・アレン・ランディ
シヴォンデル=アラスデア・エリオット ほか
人形操演/
ロビン・ビア、フィン・コールドウェル、ジョシー・ダクスター、マーク・ダウン
[曲目]
アレクサンドル・ラスカートフ:
歌劇《犬の心臓 A Dog's Heart》
❖ ブルガーコフの小説を忠実にオペラ化したラスカートフの新作。登場人物の見事な形象化、主人公の犬を操るマリオネット技術、背景をなす極寒のモスクワを出現させるプロジェクション・マッピングなど、見どころ満載の英国初演だった。
48)
2010年12月8日(水)
19:30– ロンドン、クィーン・エリザベス・ホール
"Noëlle Mann Memorial Concert"
ピアノ/バーバラ・ニスマン
ピアノ/ドミートリー・アレクセーエフ
チェロ・指揮/アレクサンドル・イワーシキン ほか
[曲目]
プロコフィエフ:
ピアノ・ソナタ 第三番
チェロ・ソナタ
ピアノ・ソナタ 第六番
カンタータ《七人、彼らは七人》 ほか
❖ プロコフィエフ財団と同アーカイヴの責任者ノエル・マン女史を偲ぶ追悼演奏会。高水準の演奏ばかりだが、とりわけアレクセーエフの苛烈な第六ソナタ、イワーシキンの深淵なチェロ・ソナタに強く打たれた。
49)
2011年4月15日(金)
19:00– 東京・銀座、王子ホール
「フェリシティ・ロット・ソプラノ・リサイタル」
ソプラノ/デイム・フェリシティ・ロット
ピアノ/グレアム・ジョンソン
[曲目]
プーランク:《こんな昼、こんな》》(全九曲)
メサジェ: 私には恋人がふたり ~《仮面の恋》
カワード: イフ・ラヴ・ワー・オール、ピッコラ・マリーナの酒場で ほか
❖ 大震災の一か月後にデイム・フェリシティが敢行した来日公演。予定の演目とはいえ、すべてが胸に深く迫る。カワードの《もし愛が総てなら》でデイムが目に涙を浮かべたこと、アンコールのシュトラウス《明日》の前にグレアム・ジョンソンが「今日よりもよい明日がきっと来る」と語った言葉を忘れない。
50)
2011年4月17日(日)
19:00– 東京・赤坂、サントリー・ホール
「ギドン・クレーメル トリオ・コンサート 2011」
ヴァイオリン/ギドン・クレーメル
ピアノ/ワレリー・アファナシエフ
チェロ/ギードレ・ティルヴァナウスカイテ
[曲目]
シュニトケ:《ショスタコーヴィチ追悼の前奏曲》
バッハ: シャコンヌ
ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ 第三番
ショスタコーヴィチ: ピアノ三重奏曲 第二番 ほか
❖ これまた大震災から一か月後の公演。参加不能となったグルジアのピアニストの代役としてアファナシエフが来日し、予想だにしない凄演が実現した。
51)
2012年1月18日(水)
19:30– ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
プロコフィエフ・フェスティヴァル "Prokofiev: Man of the People?"
指揮/ヴラジーミル・ユロフスキー
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
ピアノ/スティーヴン・オズボーン
[曲目]
プロコフィエフ:
《交響的歌曲》
ピアノ協奏曲 第五番
交響曲 第六番
❖ ヴラジーミル・ユロフスキーが企てた「プロコフィエフ・フェスティヴァル」を聴きに訪英した。その白眉がおそらくこれだろう。《第六》フィナーレの激越な終結部に言葉を失った。
52)
2017年5月21日(土)
11:00– 東京・本郷、金魚坂
カフコンス 第126回「オーヴェルニュの山にて」
ソプラノ/渡辺有里香
ヴァイオリン/本郷幸子
ピアノ/川北祥子
[曲目]
カントルーブ:
《オーヴェルニュの歌》 より
バイレロ Baïlèro
羊飼いの娘よ、もしお前が僕を好きなら Postouro sé tu m'aymo
行け! 犬よ、行け! Tè l’co tè !
ヴァイオリンとピアノのための 《山にて Dans la montagne》
❖ 42) や 46) 同様、この日の「カフコンス」も忘れがたい。お馴染み《オーヴェルニュの歌》とともに、未知の秘曲《山にて》の魅惑に酔わされた。
53)
2018年11月1日(木)
18:30– 東京・三鷹、武蔵野市民文化会館 小ホール
ピアノ/ビリー・エイディ
[曲目]
アーン:
《当惑した夜鶯 Le rossignol éperdu》(全五十三曲)
❖ フランスの名手ビリー・エイディが来日し、レナルド・アーンの秘曲集を全曲演奏した夢のような一夜。生で聴けたこと自体が奇蹟というべきか。エイディの実演は1997年10月の 25) から二十一年ぶり。
54)
2019年7月23日(火)
19:00– 東京・巣鴨、東音ホール
ピティナ・ピアノ曲事典 公開録音コンサート
「ママになったばかりの西本夏生と35年前にママになった青柳いづみこが奏でる子供たちへのまなざし」
ピアノ連弾/青柳いづみこ、西本夏生
[曲目]
フォーレ: 子守唄 ~組曲《ドリー》
カプレ:《小さなこといろいろ》
フランセ:《ルノワールの十五人の子供の肖像》
ラヴェル:《マ・メール・ロワ》(朗読付き)
フローラン・シュミット:《小さな眠りの精の一週間》
❖ 青柳いづみこと西本夏生の鮮烈な連弾を間近に聴く。すべての楽曲が「子供」で通底し、鍾愛のフローラン・シュミット《小さな眠りの精の一週間》で締めくくられる夢の一夜となった。
55)
2024年2月4日(日)
14:00– 東京・渋谷、NHKホール
N響 第2004回定期公演
井上道義 指揮
NHK交響楽団
バス/アレクセイ・チホミーロフ
男声合唱/オルフェイ・ドレンガル男声合唱団
曲目/
ヨハン・シュトラウス二世:ポルカ《クラップフェンの森で》作品336
ショスタコーヴィチ:
ステージ・オーケストラのための組曲(アトヴミャーン編)より 四曲
交響曲 第十三番
❖ 引退を表明した井上道義がショスタコーヴィチ《バビ・ヤール》で文字どおり畢生の凄演を披露した。このために来日した独唱者も男声合唱団も圧倒的。この曲を生で聴きたかったわが宿願はようやく果たされた。
DIC川村記念美術館の休館の知らせは、小生も三日前(8月27日)の夜になって報道で知り、全く寝耳に水のことでしたから、動転し、狼狽しました。
もちろん、どんな組織や団体も永遠不滅ではありえないのは、不老不死の人間がいないのと同じなのですが、まさか自分自身よりも川村記念美術館のほうが先にこの世から消えてなくなるかもしれないなんて、想像すらしていませんでした。実はこの春、拙宅にうずたかく積もった古書を整理する一環として、小生はマレーヴィチ関連書籍とコーネルに関する文献資料(コーネル装幀本も)を川村に持参し、寄贈してきたばかりなのです。
とりあえず、小生は有志の呼びかけに応じて、「DIC川村記念美術館の移転、閉館に反対します」という署名運動に賛同し、署名とコメントを送りました。こういう運動にどこまで実効性があるのか、小生にもわかりませんが、すでに現時点で署名は一万を超え、今も増え続けています。あなたもぜひどうぞ!
DICという会社はもともと美術館経営に確たるヴィジョンもなく、そのときどきの上層部の浅薄な判断により、バーネット・ニューマン売却(2013年)、日本画コレクションすべて売却(2017年)と、耳を疑うような愚挙を繰り返しては、その都度この美術館を愛する人々を悲しませ嘆かせてきましたから、今回の美術館閉鎖という事態も、その規定路線の延長上にあるものだと理解できるでしょう。もともとそういう愚かしい会社なのです。
これほど不甲斐ないカンパニーの一部門でありながら、これまで川村は三十四年間もよく持ちこたえてきたものです。あの充実したコレクション、高水準の展覧会、卓越した展示手法、丹精こめて守り育まれた庭園の自然、眺めのいい茶室、美味しいレストランや感じのいいショップなど、この美術館のホスピタリティはあらゆる面で超一級、総合点で日本一だと断言できるでしょう。
これこそ、今まさに美術館に在籍されて業務にあたっている従業員の皆さんの日々のたゆまぬ努力の賜物にほかなりません。会社は愚かでも、現場は頑張っている。つくづくそう思います。
報道によりますと、千葉県知事や佐倉市長もそれぞれ疑念や危機感を表明し、なんらかのアクションを起こすとのこと。それがDICの判断を変える力になるのかどうか予断を許しませんが、とりあえず今後の動向を注視しようと思います。
来たる9月13日(金)には川村「最後の」展覧会「西川勝人 静寂の響き」展のオープニング(内覧会)があります(受付11時、開会式11時半)ので、小生は必ず出席し、ここで出逢った方々といろいろ情報を共有したいと願っています。可能ならぜひお越しください。
また事態が動いたら、ご連絡します。
川村がなくなってしまうなんて、耐えられない。
僕にとっては全世界が終わってしまうのに近いことです。
以上はかつてこの美術館で同僚だった少し年長の友人からつい先ほど届いたメールに、小生が急ぎしたためた返信である。
いささか旧聞に属するが、去る6月8日に絵本学会から第5回「日本絵本研究賞」を授かった。受賞対象は白百合女子大学児童文化研究センターの研究論文集(第26号、2023年3月刊)に載った「光吉夏弥旧蔵のロシア絵本について」という拙論である。光吉夏弥(1904–1989)は欧米の絵本・児童文学の翻訳紹介に努めた人物で、戦後ほどなく石井桃子とともに絵本シリーズ「岩波の子どもの本」の刊行に尽力した功績で名高い。『みんなの世界』『ひとまねこざる』『はなのすきなうし』など、光吉が邦訳・編集した絵本は七十年後の今も現役で愛読されている。
その光吉が戦前に蒐集した1920~30年代のロシア絵本(全六十一冊/白百合女子大学児童文化研究センター蔵)を悉皆調査し、それらの入手経路や蒐集意図を考察したのがささやかな拙論なのだが、地味なうえにも地味な内容であるうえ、重箱の隅をつつくような研究スタイルに終始し、自分でそう言うのもなんだが、三年に一度の晴れがましい大賞に値するほどの成果とは思えなかった。まして小生はいかなる組織にも属さない在野の研究者。絵本学会の会員ですらないのだ。だから、いきなり「日本絵本研究賞」と告げられても当惑した。授賞式に出席し賞状を頂戴しても、なかなか実感が湧かなかった。褒められることに慣れていないのである。
このほどニューズレター『絵本学会NEWS No. 79』がウェブ上に公開され、そこでは「第5回日本絵本研究賞選考結果報告」として、五人の専門家からなる選考委員が六点の候補論文をじっくり読み比べたうえで受賞作を選んだ経緯が詳しく綴られていた。選考委員長の松本猛氏の「総評」から該当箇所を引かせてもらおう。
第5回絵本研究賞本賞の「光吉夏弥旧蔵のロシア絵本について」は、各選考委員から高い評価が寄せられた。
沼辺氏の論文は「岩波の子どもの本」創刊に重要な役割を果たした光吉夏弥のロシア絵本コレクションについて考察したものである。歴史的背景をしっかり把握したうえで、一冊ずつ出版年と持ち主の署名を調べるなど、緻密な調査に基づき入手先を推定し、光吉のロシア絵本に対する認識の深さを明らかにした。新たな知見がある労作である。1920年代ロシア絵本の評価についても優れた洞察があり、また、「岩波の子どもの本」になぜロシア絵本がほとんど入らなかったかについての考察も優れたものである。
現代の日本の絵本の出発点に大きな役割を果たした光吉夏弥の絵本観を知るうえで貴重な研究論文だった。
そうだったか。そこまで丁寧に読み込まれたうえで拙論を選出して下さったとは望外の喜びであり、これに優る栄誉はあるまい。まさしく研究者冥利に尽きる、そう確信できた。こつこつ好きな道を究めていると、思いがけずご褒美が貰えるものだ。