世界屈指のヴィオラ奏者として今や知らぬ者のない今井信子さんのうんと若い時分の録音を見つけた。ひょっとしてこれがデビュー作かもしれない音源だ。1971年に一度RCAから出たことがあるという話だが、そのLPは手に取った憶えがない(RCA VICS 1621)。
"Robert Schumann: Fanfares & fantasy pieces"
シューマン:
お伽話 作品132*
お伽の絵本 作品113**
四つの行進曲 作品76
幻想小曲 作品12-9
幻想小曲集 作品73***
ヴィオラ/今井信子* **
クラリネット/ハロルド・ライト* ***
ピアノ/ハリス・ゴールドスミス
1969年9月22日、12月29日、ヴァンガード・レコード・スタジオ、ニューヨーク
Music & Arts CD 690 (1991)
ヴィオラのたっぷりと豊麗な音色、見事に揺るぎのない弾きっぷりに感動する。今井さんがいかに若い頃から卓越した音楽性と堂々たる巨匠的な風格を備えていたかがわかる演奏だ。流石に後年のChandos録音の円熟味には及ばないが。
共演者もなかなか優秀。クラリネットのライトはその後ボストン交響楽団の首席奏者を務めることになる人だし、ゴールドスミスはのちに評論家として一家をなす。
録音は1969年。きっかり四十年前になる。セッションは秋と年末の二度に分かれているようだが、今井さんが参加した二曲はおそらく9月22日に収録されたと推察される。なぜなら彼女は同年の年末には一時帰国し、岩城宏之指揮のNHK交響楽団と共演しているからだ。日本でのお披露目となる演奏会だ。
あれは忘れもしない1969年の12月13日の昼下がり、場所はNHKホール。
といっても現今の渋谷の巨大な箱ではなく、内幸町にあった旧・NHKホールのほうである。番組収録専用ホールで、席数はおそらく六、七百といったところか。木張りの内装が印象的な小ぢんまりした空間だったという微かな記憶がある。
そこで芳紀ニ十六歳の今井信子さんを間近に見聞した。まだ無名同然の新人。曲目はヒンデミットの「
シュヴァーネンドレーアー」、「白鳥の肉を焼く男」という奇怪な邦題がそぐわない美しい音楽に心底打たれたのを昨日のことのように思い出す。