この機会をずっと密かに待ち望んできた。
ヴィータウタス・ランズベルギスが来日して、チュルリョーニスのピアノ曲を弾く。これを聴き逃しては生きている甲斐がない。
1992年に池袋のセゾン美術館で「チュルリョーニス展」が開催されたとき、新生リトアニアの初代国家元首ランズベルギスは初めて日本の地を踏んだ。それ以来、何度か来日の機会があり、折りに触れて小さなスペースでリサイタルを催したというが、愚かしいことに小生はそのすべてを聴き逃してしまった。
今回のランズベルギス氏の来日は国際シンポジウムへの出席が主たる目的だそうだが、忙しい日程を割いて「チュルリョーニスの時代」と題するレクチャー・コンサートを催す。十月初めにそう知らされてから、ずっとカレンダーを眺めながらこの日が来るのを指折り数えて待っていたのである。
19:00〜
ヒルサイドプラザ(東京・代官山)
ヴィータウタス・ランズベルギス
レクチャー・コンサート
チュルリョーニスの時代 ?IURLIONIS. Time and Content
第一部
チュルリョーニスのピアノ曲
演奏/ヴィータウタス・ランズベルギス
1. 6音列 a-d-f-b-es-ges の主題によるプレリュード ニ短調 (VL 256)
2. 聖霊降臨祭のための音楽 (VL 337a)
3. “Sefaa Esec” の主題によるピアノのための変奏曲 (VL 258)
4-7. リトアニア民謡より 4曲
風は吹いたか (VL 274)
少女はでかけた (VL 278)
おお、森よ、森よ (VL 276)
お母さん、もう少し眠らせて (VL 281)
8. プレリュード ト長調 (VL 338)
9. 連作風景「海」より 第二曲 (VL 317b)
10. 秋 (VL 264)
ランズベルギスの奏でるチュルリョーニスは誰にも真似のできないものだ。譜面では単純素朴にみえる小曲が魔法のように変幻自在、溢れんばかりの慈愛や、人懐こい微笑、底知れぬ孤愁、そしてとりわけ、悠久の自然をまざまざと実感させる。生きた音楽とはこのことだ。ゆかりなくも宮沢賢治の名がふと脳裏を過ぎる。
どちらかといえば耳馴染みのない楽曲が続くプログラムだったが、ランズベルギスの手にかかると、どれもが紛れもない天才の所産として響く。ひとつとして無意味な音はない。万感が胸に迫るのを禁じ得ない。
一曲ごとに異なったチュルリョーニスの絵画作品がスライド投影された。興趣をそそる試みだ。それぞれの絵と楽曲とは一対一で対応するものではないにもかかわらず、ジャンルを超えた芸術家の類い稀な「目に見える音楽」「耳で聞く風景」のありようが自ずと看取された。
第二部
対談/ヴィータウタス・ランズベルギス × 沼野充義
演奏を終えたランズベルギスは緊張が解けたのだろう、すっかりリラックスした表情で沼野さんとの対談に臨んだ。沼野さんは1992年ランズベルギスが国家元首として来日した際にもインタヴューを行っており、いわば旧知の間柄。今日の演奏会で配布されたプログラム冊子にもランズベルギスとチュルリョーニスについて出色のエッセイを寄せていて、対談相手としてまさに打ってつけの人物なのである。
沼野さんがまず、昨年に邦訳が刊行されたランズベルギスの『チュルリョーニスの時代』について切り出すと、ランズベルギスは「この本は日本人のために書いたというわけぢゃないがね」とちょっと皮肉っぽく切り出したあと、「大著でなく、コンパクトな一冊でチュルリョーニスの全体を紹介したかった」として、原著(英文)の副題にある "Time and Content" のフレーズに注意を喚起した。
チュルリョーニスの芸術はもちろん彼が生きた時代のなかで生まれた。だがその内実 Content は決してそのとき完結したのではない。その後の時間 Time の経過とともに不断に発見され続けていく。ちょうどそれは「終わりのない本」を読み進めるような塩梅なんだな。
「現代のリトアニア人に、チュルリョーニスはどのような影響を及ぼしていますか?」という沼野氏の質問に対しては、
チュルリョーニスには何か革新的なことをやろうという意識はなかった。だから直接に影響された模倣者や追随者は出現していない。むしろ、彼の芸術家としての自由なあり方のほうが重要だと思う。チュルリョーニスが身をもって示した freedom of creativity こそが、その後のリトアニア人にとって心の拠り所になっている。
対談は終始なごやかな雰囲気で進行した。やがて沼野氏は誰もが聞きたかったであろう質問、「ランズベルギスさんは音楽学者で演奏家でもあり、同時に政治の世界にも身を置いておられる。このふたつの世界は、互いに両立しがたいとまではいえないまでも、余りにもかけ離れているようにみえるのですが…」を投げかけた。すると同氏は「おっ、来たな」という表情でニンマリ笑みを浮かべながら、
よくそう質問されるのだけれど、自分は音楽と政治とはまるきり違った世界だとは考えていない。どちらも「他人の話にしっかり耳を傾ける」という点で共通してるからネ。政治家の仕事は、いってみればオーケストラを指揮するようなもの。それも、各人がてんでんばらばら、まちまちな音を奏でる連中を相手に、それぞれの発言に耳を傾けながら、うまくひとつの演奏にまとめ上げていく。コンダクターの役割にそっくりなんだヨ。
なるほど、これはご名答。さすがである。納得した。
最後に沼野氏はさらに核心を突いた質問を投げかけた。「あなたにインタヴューするのは二十年ぶりです。ベルリンの壁が崩壊し、ソ連邦が解体し、リトアニアは独立を回復して独自の道を歩んでこられた。そこで改めて質問します、この二十年間でリトアニアが得たもの、そして失ったものはなんだとお考えですか?」
ランズベルギスはちょっと考える表情をして、すかさずこう返答した。
ソ連の支配下にあった間、われわれリトアニア人は牢獄に囚われていた。檻のなかに閉じこめられ、足枷を嵌められ、与えられるのは固いパン切れのみ。檻の外には鍵を手にした看守のゴルバチョフがしっかり見張っていた…。
われわれが失ったもの…、それはつまり、牢屋の檻や足枷やパン、そういったもの一切だな。
反対に得たものはといえば、「チャンス」。自分たちを試すための「機会」を手に入れた。この二十年間、われわれがそのチャンスを充分に生かし切れたとはお世辞にも言えないけれど、それでもリトアニアはこれからも自ら手にしたチャンスを試し続けていくであろう。
満場の聴衆から大きな拍手が巻き起こった。
(まだ書きかけ)