今にも降り出しそうな空からポツリと雨粒が落ちてきた。
せっかく鎌倉までやって来て残念だが仕方ない。江ノ電に乗り換える。四両編成の古めかしい車両が家々の軒先すれすれに走る。東京では都電の荒川線か世田谷線でしか味わえない情緒だ。三つ目の長谷駅で下車。雨脚は次第に強まってくるが、ここまで来たのだからと傘を差して高徳院まで歩く。家人は一年ぶりの再訪だというが、小生はもう何年ぶりかわからぬほど久々の大仏見物。ついでに二十円也の拝観料を払って胎内まで見学。
雨はいよいよ本降りになってくる。もと来た道を駅まで引き返し、踏切を海側へ抜けてすぐの路地を左に入る。ひっそりと静まり返った住宅街を一分ほど歩くと古びた一軒の家がある。なんの変哲もない二階建の住宅だが、そこには手作りの看板が掲げられている。「
かうひいや3番地」と。
嗚呼、と心のなかで小さく叫ぶ。とうとうここまでやって来た。
「かうひいや3番地」はかれこれ二十年近くずっと密かに贔屓にしてきた珈琲屋。最初は西荻窪の住宅地のなかの公園脇に小ぢんまりした店を構え、そのあと吉祥寺の中道通りに移転してから十数年、深煎りの美味しい珈琲を供し続けてきた。渋いジャズ・ヴォーカルのレコードをかけながら。
吉祥寺のこの店については2007年2月、久しぶりに訪れた折りに感想をしたためたことがある(「
本物の珈琲屋で聴いたマデリン・ペルー」)。
三か月後にも再訪しているのだが、それがこの店の見納めとなった。暫く間をおいて翌2008年末に訪ねたら、跡形もなく消滅してしまっていた。その日はただもう残念でならず、「
さよなら、吉祥寺の珈琲屋」という記事を書いた。
ごく普通の民家の玄関先に板看板が無造作に立て掛けられ、そこに「珈琲豆の挽き売り ネルドリップ珈琲 紅茶」と白い手書き文字で記されている。その下に小さく「かうひいや3番地」とある。間違いない。胸がじんとなる。
引き戸を開けてそっと入ると、一軒家そのままに玄関の土間があって上がり框がある。そこでしばし躊躇していたら店主が姿を現し「靴のままどうぞ」と云いかけると、互いに目と目が合って「ああ」とも「おや」ともつかぬ声が同時に洩れた。「やっと来ることができました」「どうぞ奥へ」。店というよりも知人の家に招かれた塩梅だ。
うながされるまま奥へ進むと、小さな裏庭に面した店内が一望された。先客が五人ほどいて、思い思いに寛いでいる様子。空いている席に家人とともにそっと腰かける。足踏みミシンを改造した懐かしいテーブル。これは最初の西荻窪の店からずっと変わらないこの店のシンボルだ。
かなり広い店内は、もともと八畳の客間と六畳の居間だったとおぼしく、畳を取り払い板敷にしたほかは全く手が入っておらず、床の間や凝った欄間飾りもそのままに残されている。庭に面した窓側には懐かしい縁側が走る。なんという居心地のよい空間だろう。珈琲屋の店内というより、古い日本家屋の室内そのものだ。
メニューはこれまでと何ひとつ変わらない。小生は以前と同じく「ノアール・ブレンド」を、家人は「3番地レギュラー・ブレンド」を注文。どちらも苦味とコクのあるこの店の面目躍如たる珈琲だ。それにリキュールの効いた「チョコレートケーキ」、ふわふわの「スフレチーズケーキ」。いずれも手作りの逸品スウィーツ。ああ、この店が好きなときにいつでも利用できる鎌倉市民が羨ましい。
「かうひいや3番地」でもうひとつ忘れてはならないのが趣味のよい選曲。今日も着席するやいなや、「ストーミー・ウェザー(荒れ模様)」の素晴らしいヴォーカルが流れてきた。
厨房で一心に珈琲を淹れていた店主が姿をみせた折りに、そっと訊ねてみたら、「いいでしょう、これ」とちょっと自慢げに微笑んで、懇切に教えてくれた。60年代に活躍したドイツのエルジー・ビアンキ(Elsie Bianchi)という知る人ぞ知るヴォーカリスト=ピアニストだそうで、かかっていたのは "Atlantis Blues"(1962)なるアルバム。忘れずに紙ナプキンにメモしてきた。
次にこの店を訪れるのはいつになるだろうか。できれば晩秋にでも再訪してみたい。今度は美術館にもぶらりと寄ってみようか。