どこに仕舞ひ込んだものか、すぐに出て来ないのが残念だが、その古びた岩波文庫は今も書庫の奥にある筈だ。今よりも少々縦長の判型、背は経年変化で褪色し、『フランスに於ける内亂』と記された題字はすつかり薄れてゐた。
これを初めて父の書棚で見つけたのは小学校高学年の頃だつたと記憶する。恐らく1935(昭和十)年に出た初版本ではなかつたらうか。戦前の文庫本を手に取るのは初めてだつたから、難しい内容にも拘らず好奇心に駆られパラパラと頁を捲つてゐて驚愕したのである。
本文の到る処にX字がある。文中にあちこち散在するほか、「××主義」だの「××的な×××」だのと単語状に纏まつてゐるときもあれば、数行にも亘つて延々と×ばかりが連なつて
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
となるやうな場合もあつて、これではまるで虫喰ひ算どころか、判じものかモールス信号のやうだ。小見出し自体が「
××××へ」などとなつてゐる章もあつて、何のことやらサツパリ判らない。
吃驚して了ひ、帰宅した父に尋ねたところ、「あゝ、それは伏せ字と云つてネ、昔は本の中身を警察が予め取り調べて、国の方針や考へ方に合はない処はかうして×印に変へさせられた。従はないと本を出すこと自体が許されなかつたんだヨ」。
そのとき父は確か「伏せ字の処を色々と想像したり、元の外国の本を調べて日本語で埋めたりするのが楽しくもあつた」と学生時代を回想してさう云つた。あんな謹厳な父にも戦前は左翼文献を齧つてみやうとした一時期があつたのだ。
こんな昔話をしたのは次のやうな新刊書を読んだからだ。
紅野謙介
検閲と文学
1920年代の攻防
河出ブックス
2009
(まだ書きかけ)