「ペレアスとメリザンド」以後、ドビュッシーがエドガー・アラン・ポーの原作に拠る二つのオペラを構想していたことはどんな伝記にも載っている周知の事実。すなわち『鐘楼の悪魔』と『アッシャー家の崩壊』の二作である。
しかしながら、それらがどんな音楽だったかを知る人は殆どいない。なにしろ断片的な作曲しか残されていないからだ。前者はほんの僅かなスケッチのみ、かなり進捗した後者も二十分間ほどのヴォーカル譜と切れ切れな草稿が伝わるのみだ。
「ペレアス」の作者としてばかり評価しないでほしい、自分にはオペラ作曲家として更に別の野心と展開があるのだ、とドビュッシーは常々周囲に漏らしていたというが、演奏旅行と依頼による作曲に追われる多忙な日々は彼に次作オペラを書かせる暇を与えなかった。そして五十代半ばの余りにも早過ぎる死がやってくる。
今年はポーの生誕二百周年なのだとか。これを記念してピアニストの青柳いづみこさんが年来の夢を実現させた。未完に終わったドビュッシーの歌劇『アッシャー家の崩壊』を上演し、併せてドビュッシーとポーの浅からぬ因縁を明らかにするコンサートを催すのだという。これは足を運ばずにはいられまいて。
浜離宮朝日ホール
19:00〜
エドガー・アラン・ポー生誕200年記念
音楽になったエドガー・アラン・ポー
〜ドビュッシー『アッシャー家の崩壊』をめぐって〜
クロード・ドビュッシー:
弦楽四重奏曲 第一・第二楽章
コンクール用の小品
クロタルを持つ踊り子のために 〜六つの古代碑銘
カノープ 〜前奏曲集 第二巻
オンディーヌ 〜前奏曲集 第二巻
アンリエット・ルニエ:
幻想的バラード (ハープ独奏)
アンドレ・カプレ:
赤死病の仮面 (ハープと弦楽四重奏のための)
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クロード・ドビュッシー:
歌劇『アッシャー家の崩壊』(未完/ロバート・オーリッジ編)
(アンコール)
シリア人の合唱「美しきアドニスは死せり」 〜神秘劇『聖セバスティアヌスの殉教』
弦楽四重奏/クァルテット・エクセルシオ
ハープ/早川りさこ
ピアノ/青柳いづみこ
マデリン=森朱美
ロデリック=鎌田直純
医者=根岸一郎
友人=和田ひでき
ピアノ/青柳いづみこ+戸張勢津子
盛り沢山な内容なため、休憩後のオペラはともかく前半の曲目が雑多で脈絡なく思えるのだが実はそうではない。熟慮の末に練り上げられた完璧のプログラム編成なのだ。ただし少々の説明が必要だろう。
冒頭のドビュッシーの四曲は制作年代がまちまちだが、いずれもポーに基づくオペラと関連がある。独奏ピアノのための「コンクール用の小品」は文字どおりの小品ながら『鐘楼の悪魔』に由来する現存唯一の作だというし、他の三曲はそれぞれ『アッシャー家の崩壊』と楽想を共有しているからだ。したがって、これらの作品は見えない糸で結ばれた「ポーの一族」なのである。知らなかったなあ。
続くハープが絡む二曲は前者が『告げ口心臓』、後者が『赤死病の仮面』とどちらもポーに取材した怪奇趣味の曲。前者は曲はおろか作曲者もまるで知らない人(女性)だが、ハーピストでドビュッシーの「神聖な舞曲と世俗の舞曲」の初演者だと聞くとぐっと親しみが湧く。この「幻想的バラード」は途轍もなく複雑な技巧を凝らしたな難曲のようで、視覚的にもペダルをひっきりなしに踏み替えながらの演奏。それを少しの破綻もなく聴かせる早川さんのヴィルテュオジテに脱帽。カプレの「赤死病の仮面」は昔からよく知る曲だが、生で耳にするのは初めてだ。早川さんとエクセルシオの果敢で誠実な名演に助けられ、この些か虚仮脅かし気味の曲が表現主義音楽の先駆のように響く。いや、本当はそういう音楽だったのかも。
(まだ書きかけ)