どうにも執筆に行き詰まってしまい、気分を変えるべく美術館を訪れる。といっても遠出は辛いので一時間ちょっとで行ける川村記念美術館へ。かつての職場であるが、もう辞めて六年にもなるのでなんの拘りもなく軽い気持ちで訪れることができる。今日で最終日だという展覧会「4つの物語 コレクションと近代美術」を観るのが目的。
送迎バスを降りて林間の小路をそぞろ歩くにつれて木の間隠れに白鳥の池と美術館の建物が見えてくる。このアプローチがなんとも素晴らしい。期待感が募る。
まずは常設展示から。いつもの定位置にルノワールやレンブラントが掛かっていないので、ははあ、これらが展覧会に駆りだされているのだな、と見当をつけながら先へ進む。そういえば初期抽象絵画のコーナーにマレーヴィチもない。
ロスコとニューマンの部屋にしばし佇んで、二階の戦後アメリカの諸作をざっと眺めたあと足早に展覧会スペースへ。
ここには日本の近代絵画の優品が各地のコレクションから借り出されてずらり並んで壮観だ。展覧会タイトルどおり全体は四部に分かたれ、それぞれに
レンブラントと絵画技法の摂取/展開
ルノワールと日本の油絵
マレーヴィチとヴァントンゲルローと同時代の抽象美術
ヴォルス、ポロックと戦後美術
と標題が附される。平たく云うならば、この四セクションは「明治・大正期の写実的肖像画」「大正・昭和期の裸婦(と子供の絵)」「戦前の初期抽象」「戦後のアンフォルメル」という近代日本絵画の四つのトレンドに時系列で対応し、通覧すると百年の流れが要領よく掻い摘んで辿れる内容だ。日本近代絵画の早わかり。
面白いのは各セクションにはそれぞれ要(かなめ)をなす欧米絵画、すなわちレンブラント、ルノワール(二点)、マレーヴィチ、ヴァントンゲルロー(二点)、ヴォルス(二点)、ポロックの九点の作品が配されていること。つまり普段は常設展示されている川村作品がここではいわば「ナヴィゲーター」役を務めている。いわば日本の近代が憧憬し、目標とした当の欧米作家がまず登場して、彼らに導かれるように日本近代絵画史が展開する、という構成になっている。それぞれの時代が目指したものが具体的な指標として実作品で示されるわけで、これはなかなか秀逸にして卓抜なアイディアである。考えてみるとこんな企ては幅広い収蔵品を擁するこの美術館ならでは実現し得ない。これは実に贅沢な展覧会なのだ。
鑑賞後の複雑な味わいを一言で表すのは難しいが、それをあえて要約するならば、「ニッポンの近代絵画はなんとまあ慌しい思いをしたのだろう」という思いと、「しかしそれは早呑み込みと勘違いの百年だった」という苦い感慨だ。
(まだ書き始め)