昨日の余勢を駆って執筆に精を出そうと「バレエ・リュスと日本人たち」第五回目に取りかかるが、おいそれと先へ進めない。ずっとドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」を聴きながら夕方まで悪戦苦闘したのだが、とうとう二進も三進も進めないところまで来て中座。というか、座礁。
少し気分を変えよう。もうドビュッシーは充分なので、まるで毛色の違うモンテヴェルディでも聴こうか。
"Monteverdi: Fire & Ashes"
クラウディオ・モンテヴェルディ:
シンフォニア ~情け知らずの女たちのバッロ
身を焦がし、心を燃やし ~闘いと愛のマドリガーレ 第八集
心静かにあれ ~マドリガーレ集 第三集
恋する者はみな戦士 ~闘いと愛のマドリガーレ 第八集
然り、われ死なんと欲す ~マドリガーレ集 第四集
こうして少し、また少し ~マドリガーレ集 第四集
フィッリ、そなたに接吻を ~マドリガーレ集 第七集
金色の髪 ~マドリガーレ集 第七集
バットよ、とエルガストが嘆く ~マドリガーレ集 第六集
エントラータ ~情け知らずの女たちのバッロ
女の墓の傍での恋人の嘆き ~マドリガーレ集 第六集
ティルシとクローリ ~マドリガーレ集 第七集
ロバート・ホリングワース指揮
イ・ファジョリーニ
2007年2月26、27日、9月20日、ケンブリッジ、チェスタートン、セント・ジョージズ聖堂
Chaconne CHAN 0749 (2008)
fagiolini とはイタリア語でたしか隠元豆のことと記憶するが、この団体が食材とどう関係するのかは寡聞にして知らない。てっきりイタリア人のグループかと思いきやさにあらず、英国オックスフォード大の学生たちが結成した声楽アンサンブルで、モンテヴェルディの世俗歌曲を得意にするという。すでに三枚のマドリガーレ集を録音しており、たまたま中古で見かけた本盤はその二作目。鍾愛の「ティルシとクローリ」が収められているので一も二もなく手に取った。出来映えはオーソドックスにしてオーセンティック。溌剌たる歓びと人肌の温もりを感じさせる好もしいアンソロジーだ。
"Monteverdi: Teatro d'Amore"
クラウディオ・モンテヴェルディ:
トッカータ ~オルフェオ
おお、私は倒れる ~ミラヌッツィの歌の諧謔
そなたを見つめ ~ポッペアの戴冠
いとも美しきダミジェッラ ~音楽の諧謔
愛(ニンフの嘆き) ~マドリガーレ集 第八集
かくも甘く苦しみ ~ミラヌッツィの歌の諧謔
シンフォニエとモレスカ
息の根を止められた希望 ~マドリガーレ集 第七集
金色の髪 ~マドリガーレ集 第七集
優しき忘却 ~ポッペアの戴冠
今や天と地と ~マドリガーレ集 第八集
チェトラを調弦する ~マドリガーレ集 第七集
バッロ
なんという歓びをもって ~マドリガーレ集 第七集
甘き小鳥よ ~マドリガーレ集 第八集
ゼフュロスは還り ~音楽の諧謔
クリスティーナ・プルハール指揮
ラルペッジャータ
2007年8月、ユトレヒト、フレーデンブルフ
2007年1月、11月、2008年1月、パリ、ノートル=ダム・ド・ボン=スクール礼拝堂
Virgin 5099923614024 (2009)
これまた期待して聴き始めたのだが、う~む、ちょっといただけない。ジャンルを越境してモンテヴェルディをインプロヴァイズする、といえば聞こえがいいが、ここまで擬ジャズ風に捻じ曲げるともう愉しめない。こうした新機軸こそが画期的なのだという人がいても構わないが、聴こえてくる音楽が嘘っぽくて小生の好みとかけ離れている。かつてMJQやスウィングル・シンガーズがバッハに素材を得たのと同工異曲であるが、柳の下に二匹目の泥鰌がいるとは限らないのだ。これは直ちに屑籠行き決定。