(承前)
何気なくこのヘンデルの二重唱曲集のアルバムを聞き始めた者はほどなく愕然とし、思わずわが耳を疑うことになるだろう。
二曲目の「
いいえ、私はあなたがたを信じない No, di voi non vo' fidarmi」(HWV189)は、こんな歌詞に作曲されている。例に拠って大雑把な拙訳も掲げておこう。
No, di voi non vo' fidarmi,
cieco Amor, crudel Beltà!
Troppo siete menzognere,
lusinghiere Deità.
Altra volta incatenarmi
già poteste il fido cor!
So per prova i vostri inganni,
due tiranni siete ogn'or.
いいえ、私はあなたがたを信じない、
盲目の「愛」と残酷な「美」!
嘘と追従ばかり口にする
神々であるあなたがたを。
かつてこの私をたぶらかし
忠実なわが心を虜にした!
もうその手口に乗りはしない、
いつだっておふたりは暴君なのだから。
報われぬ恋に責め苛まれる若者が「愛」と「美」ふたりの神様を恨んで唄う。「恋は盲目」とばかりに一途に愛した挙句、つれない恋人から手酷い仕打ちを受けて、こんな辛い気持ちはもう真っ平だ、二度と恋などしたくないと口走る。いつの世にも通用しそうな俗っぽい「嘆き節」ふう小唄、20世紀であればバート・バカラックが曲をつけても一向におかしくない「悲恋ソング」である。
ところが実際にこの歌を耳にしたならば誰だって吃驚する。論より証拠、まずはお聴きいただこうか(
→これ)。
一聴すれば明らかなように、この二重唱曲の冒頭の旋律は小生のようなヘンデル新参者にもはっきりと聴き憶えがある。
そうなのだ。これは誉れ高きヘンデル畢生の傑作オラトリオ「メサイア」、その第一部の中盤で高らかに謳い上げられる合唱曲「
われらのため、みどりごが生まれた For unto us a Child is born」の旋律とそっくり瓜ふたつなのである(
→これ)。
For unto us a Child is born,
Unto us a Son is given;
And the government will be upon His shoulder.
And His name shall be called
Wonderful Counselor,
The mighty God,
The everlasting Father,
The Prince of Peace.
ひとりの嬰児(みどりご)われらのために生まれたり
われらはひとりの御子を与へられたり
政事(まつりごと)はその肩にあり
その名は霊妙なる議士
また全能の神
永遠(とこしへ)の父
平和の君と唱へられん
周知のとおり、オラトリオ「メサイア」は救世主の降誕を寿ぐれっきとした宗教音楽。歌詞は聖書や祈祷書のあちこちの章句を綴り合わせた文字どおり「聖なるテクスト」である。クリスマスの季節には世界中で演奏される。
この合唱曲「われらのため、みどりごが生まれた」の歌詞は旧約聖書の「イザヤ書」九章六節をそっくり転用したもの。来るべき救世主の到来を褒め称えた、晴れがましも崇高な詩句である。その聖歌のメロディがよりによって「悲しきラヴ・ソング」とまるっきりおんなじだなんて! そんな非常識なことがあっていいものか?
(次回につづく)