このところ好んでヘンデルの声楽曲に耳を傾けている。とにかくどれもが天才的に美しい旋律の宝庫だからだ。それも殆ど無尽蔵といってよいほどにメロディアスな閃きが惜しげもなく開陳される。これまで敬遠していたのは愚かだった。
遙か聳り立つオペラやオラトリオの峰々にもいずれ登攀したいが、まずは新参者にも装備なしで登れる二重唱のなだらかな丘陵にピクニック気分で挑んでいる。
"Handel: Arcadian Duets"
ジョージ・フレデリック・ヘンデル:
室内二重唱曲集
「ああ、人の世の定め Ahi, nelle sorte umane」 HWV179
「いいえ、私はあなたがたを信じない No, di voi non vo' fidarmi」 HWV189
「わが悩みの種、愛しいひと Caro autor di mia doglia」 HWV182a
「暁に微笑むその花は Quel fior che all'alba ride」 HWV192
「しかと見遣り、旧に倍せよ Conservate, raddoppiate」 HWV185
「そなたはわが胸にあまた矢を放ち Tanti strali al sen mi scocchi」 HWV197
「立ち去れ、あてどなき望みよ Va, speme infida」 HWV199
「私はそなたをじっと見つめ A mirarvi io son intento」 HWV178
「悦ばしく幸いなり Sono liete, fortunate」 HWV194
ソプラノ/
ローラ・クレイカム、ナタリー・デセー、ヴェロニク・ジャンス、フアニータ・ラスカロ、アンナ・マリア・パンザレッラ、パトリシア・プティボン
アルト/
マリヤナ・ミヤノヴィチ、サラ・ミンガルド
カウンターテナー/ブライアン・アサワ
テノール/ポール・アグニュー
エマニュエル・アイム指揮 (cem, org)
ル・コンセール・ダストレ (vc, lutes)
2001年5月28日、7月30日〜8月3日、2002年3月14日、パリ、ボン・スクール・ルター派福音聖堂
Virgin 5 45524 2 (2002)
標題にある「アルカディア」とはヘンデルのイタリア遊学時代(1706〜09年)の庇護者のひとりであるパンフィーリ枢機卿らが主宰したローマの高踏的な文芸サークル「アルカディア・アカデミー Accademia dell'Arcadia」に因み、平たく云えば「ヘンデルのイタリア志向・趣味」を表しているらしい。
実際これらの室内楽伴奏の二重唱曲はいずれもイタリア語の歌詞に附曲されている。とはいっても作曲年代はイタリア滞在期から、そのあとのハノーファー在住時代(1710〜11年)、さらにその後のロンドン定住時代にまで及ぶのだという。当時、欧州の楽壇はどこもかしこもイタリア人歌手たちの天下だったから、ヘンデルはドイツでもイギリスでも当然のように伊語テクストに作曲したのである。
各曲のタイトル(邦題は仮の拙訳なのであてにならないが)から容易に推測がつくようにすべて世俗的で甘やかな恋の歌ばかりだ。
ところが、なのである。
(明日につづく)