かつて奉職した美術館で上司だったKさんから数日前に電話をいただき「君は先見の明があったねえ」といきなり褒められた。藪から棒なのでなんの話かと思ったら、「今朝の日経新聞でバレエ・リュスのことが載っている。ずっと以前から君が盛んに調べていたバレエ団のことだよね。最終面に大きく取り上げられているんだ。舞踊評論家のスズキさんという人が書いた記事だよ」という。慌てて近所のコンビニに走ったが生憎もう朝刊は売り切れていた。
親切なKさんはわざわざその記事を切り抜いて送って下さった。有難いことだ。それを今しがた読んだところだ。
「スズキさん」とは言うまでもなく鈴木晶さんのことである。記事は9月12日(土)の朝刊の文化欄(最終面)に八段ぶち抜きでたしかに破格の扱いだ。「薔薇の精」に扮したニジンスキーの写真が添えられている。見出しは大きく「バレエ・リュス 20世紀舞踊の礎」、傍らに「結成100年 再評価の動き」とある。
寄稿文はバレエ・リュス百周年の今年、世界各地で催されている学会、展覧会、記念上演を紹介したもので、ニジンスキー研究家の鈴木さんはサバティカル休暇を利用してそのすべてに足を運んだ模様である。
すでにあらかた承知していた内容ではあるが、ハンブルク市立美術館で開催された「色彩のダンス」展で、精神を病んだニジンスキーが治療の過程で描いた半抽象スケッチを、同時期のエクステルやドローネーらの作品と関連づけ、アヴァンギャルドの文脈に位置づけているという一節にちょっと興味を惹かれる。それらのスケッチの何枚かは2001年初めオルセー美術館での「ニジンスキー展」で実見したことがあるが、何やら不穏で無気味な妖気こそ漂わせていたものの、アヴァンギャルドの気配は全く感じられなかった。まあ、このあたりは展覧会カタログを取り寄せてみなければ軽々に論じられないのだが、とりあえず意表を突いた仮説としては面白い。
鈴木さんの文章はこう結ばれる。流石の総括である。
皮肉なことに、いまのバレエの主流は19世紀のいわゆるクラシック・バレエである。しかし広くダンス全般を見てみよう。7月に亡くなったモダンダンス最後の巨匠といわれるマース・カニングハムは、現代美術家ロバート・ラウシェンバーグや作曲家ジョン・ケージとの共同作業でも有名だが、こうした分野を超えたコラボレーションの先鞭を付けたのはバレエ・リュスである。6月に他界したピナ・バウシュも、そのルーツは1930年代ドイツの新舞踊にあり、この新舞踊もまたバレエ・リュスなしには生まれなかった。
100周年を機に、20世紀舞踊は、反発や反動も含めて、いずれもバレエ・リュスの影響を抜きには語れないことが明らかになってきた。