(承前)
瓢箪から駒が出たというか、嘘から出た真というべきか、そうなったらもう弾みがついてどうにもとまらない。「ぜひとも夏にクリスマスをやろうじゃないか」とばかりにトントン拍子に事は進んだとおぼしい。いつの間か「第一回サマークリスマス」を催す手筈が整ってしまった。
これに拍車をかけたのが「パック・イン・ミュージック」第二部の放送打ち切りという藪から棒の通告である。七月末の「林パック」でいきなりそう知らされた。われわれリスナーには全くもって青天の霹靂だった。
われわれにはついぞ知らされていなかったのだが、TBSでは午前三時から五時までの時間帯に番組スポンサーがつかないのを問題視する意見がずっと燻っていたらしい。そもそも若者向けと称してDJが趣味に走り、公共の電波を私物化するのは好ましからず、「林パック」にはとりわけその傾向が顕著だ、と放送局の上層部が考えても不思議ではない。映画といえば日本映画、それも日活ニューアクションやロマンポルノばかり称楊し、誰も知らない緑魔子や能登道子や石川セリや荒井由実の歌を毎週のようにかけまくっている。おまけに小中陽太郎や小田実のような連中をゲストに招いて好き放題しゃべらせている。これではスポンサーがつく筈がない…。
とまあ、ここで局の意向をわざわざ代弁せずともいいのだが、結局のところ火曜から土曜まで「林パック」を含めた「パック第二部」すべてが八月末日をもって終了し、深夜タクシーや長距離トラックの運転手向けの歌謡曲番組に取って代わられることと相成った。自動車メーカーが早々とスポンサーに名乗りを上げた。
四年間手塩にかけて育てた番組の突然の打ち切りに、林さんはそれこそ手足を捥がれるような痛みと挫折感を覚えたはずだが、その一方で「サマークリスマス」熱をいっそう掻きたてられたように思う。これが最初で最後だ。どうせやるなら、やりたいようにやらせてもらおう。三十一歳の誕生日をリスナーの皆に祝ってもらおうぢゃないか。それはもうヤケッパチに近い気分だったのではないか。
開催場所になぜ代々木公園が選ばれたか、その理由は今となってはわからない。とにかく当日そこにこぞって参集する。ゆかりのゲストたちにも声をかける。
で、公園で何をするのかといえば、何もやらない。せいぜい「手つなぎ鬼」か「水雷艦長」か、他愛のない遊びでもすればいい。「第一回サマークリスマス」、あるいは「みんなで代々木公園に集まって何もしない会」にぜひご参加を、と番組で呼びかける林さんの声が、三十五年後の今も耳の底で谺している。
(次回につづく)