その日は朝からなんだか雲行きが怪しかった。
中国大陸にいったん上陸した台風十四号がなぜか引き返してそのまま北東に針路を変え、東海地方に接近しつつあった。その影響で関東一帯も分厚い雲で覆われ、湿った不穏な南風も吹き始めていた。
集合時刻は午後一時だったのか、二時だったのか。ともかく遅れてはならじと早めに埼玉の家を出た。路線バスと三本の国電を乗り継いで一時間四十分ほどかけて漸く原宿駅まで辿り着いた。空模様はいよいよ怪しく、今にも雨が降ってきそうな気配だし、時おり気紛れな突風が吹き過ぎて街路樹を揺さぶる。駅前の織るような人波を抜けて足早に目的地の代々木公園へ。
ちょっと記憶が曖昧なのだが、約束の集合場所は正門から入ってかなり奥へ進んだあたりにあった四阿附近ではなかったろうか。いずれにせよ、八月最後の日曜日の午後、なんの目的もなく、ただ皆で集まろうというだけの他愛ない催しである。もちろん公園事務所には集会届けなど出していなかったと思う。
いるいる。一帯にはすでにかなりの数の若者が屯している。ただしその割りに周囲はひどく静かだ。同じ時間帯に同じ深夜ラジオを聴いているというだけで互いに面識があるはずもないので、親しく言葉を交わすでもなく、誰もが所在なくただ押し黙ったまま佇むばかり。同行の友人二、三名が小声で囁くのがせいぜいだ。
予定の時刻が近づくにつれ、てんでんばらばらの人の集まりは次第に膨れ上がっていく。その数は疾うに三百名は下らないだろう。ざっと見渡したところ、男性が概ね七割を占めていただろうか。数少ない女性参加者のなかにはホットパンツを格好良くきめた荒井由実の姿もあったはずなのだが、それまでに実物のユーミンを観た経験のある者は殆どおらず、誰ひとりその存在に気付きはしなかった。
いよいよ開始時刻が近づいてくるにつれ、風はますます激しく横なぐりに吹き募り、もうその場に立っているのも辛いほどの有様だ。おまけにとうとう小雨まで降り始めてしまった。だがこの強風では傘を差すことすらままならない。
ほどなく主催者とおぼしき面々が慌しく動いて対応策を相談した。少々の雨ならそのまま決行するという話だったのだが、まさかこれほどの荒天になろうとは誰も予想できなかったはずだ。当初の計画では番組のマドンナ格であるユーミン、石川セリ、中川梨絵の三人をゲストに招いて、一緒にのんびり「手つなぎ鬼」でもして愉しく遊ぼうという心づもりだったらしいのだが、台風の接近がすべてをぶち壊しにしてしまった。これでは中止もやむなしかもしれない。誰もがそうなるのを覚悟した。
ほどなく方針が定まったらしく、当日の主役である林美雄さんが進み出て声を張り上げた。「この天候では公園で遊ぶのはとても無理と判断した」「代わりに急遽TBSのスタジオを用意したので、申し訳ないがこれから赤坂まで移動してもらいたい」そういう内容だったと思う。よく通る美声もさすがにこのときばかりは吹きすさぶ暴風にかき消され、切れ切れにしか聴こえてこない。
そもそもこの日を期して代々木公園に集まろうと呼び掛けたのは、ほかならぬ番組DJの林美雄さん自身だった。
八月二十五日は林さんの誕生日であり、それに因んで数か月前に番組にリスナーから投書があった。「このたび政府は八月二十五日をサマークリスマスとすることを正式に閣議決定した。これは冬にクリスマスがあって夏にないのは理不尽だとする世論のかねてからの強い要望に応えたものである」というような、冗談半分の内容だったとおぼしい。林さんの番組では「苦労多かるローカルニュース」と題して、この手の根も葉もない巫山戯たニュース原稿をNHKばりの大真面目な口調で読み上げるコーナーがあり、そこでこの投書が読み上げられたのだと記憶する。
これは面白い、と林さんは膝を叩いたに違いない。「夏にクリスマスがあってもいいじゃないか」──数年後、山下洋輔らは「冬にも冷やし中華が食べたい」と主張して「全日本冷し中華愛好会(全冷中)」を結成するのだが、それと実によく似た発想である。馬鹿馬鹿しいと言ってしまえばそれまでだが、こういう可笑しなことに熱を上げるのが林さんの番組「パック・イン・ミュージック」金曜第二部、通称「林パック」あるいは愛称「ミドリブタ・パック」の真骨頂なのである。
(次回につづく)