(前回のつづき)
その人のキャリアは1930年代半ばから20世紀の最後の十年間までずっと途切れなく続いている。アステア=ロジャーズ映画を封切で享受できた幸せな世代である。早くから映画配給の現場に身を置き、映画評論に手を染めるとともに、ジャズとミュージカルへの造詣を深めていた。しかも自ら絵筆やペンを執って映画スターや映画の一場面を巧みに描き出すことに長けていた。東京美術学校で学んだその人にとって、むしろそれこそが最も得意とするところだったのかもしれない。
小生の手元にあるなかでは『婦人画報』の昭和十(1935)年三月号の附録楽譜が、その人の遺した仕事としては最も古いものである。B4を二つ折りにしただけの簡素な楽譜だが、すでにそこにはその人の面目が躍如としている。
瀟洒な字で曲名が綴られる。スタイリッシュな書き文字は一目でその人とわかる。
Wie hab ich nur leben können ohne Dich?
English Waltz u. Lied
aus dem Ufatonfilm
Ich und die Kaiserin
すぐ下にこれは活字で
婦人畫報三月號附録
ウフア音樂映畫
私と女王様主題歌
"などて生き得ん
君なくて"
──ワルツ──
とある。
『
私と女王様』(1933)はリリアン・ハーヴェイ、コンラート・ファイト共演の音楽映画(オペレッタの巨匠オッフェンバックを取り巻く歴史ドラマという体裁)であり、今日ではすっかり忘れられてしまったが、フェリックス・ザルテンの原案に基づき作曲家フリードリヒ・ホレンダー自らがメガホンをとったドイツ産のオペレッタ映画(ミュージカルという言葉は当時まだ使われない)である。「
などて生き得ん 君なくて」はその主題歌としてホレンダー自らが書き下ろした楽曲である。
トーキー時代の到来とともに、こうした「歌い、演ずる」オペレッタ映画が世界的に隆盛し、ドイツ産の新作が極東の日本でも立て続けに封切られたのである。リリアン・ハーヴェイ主演の『会議は踊る』はその代表作であるが、この『私と女王様』はそれに続くハーヴェイ出演作として、東和商事がいわば「二匹目の泥鰌」として輸入したものとおぼしい。
その人は楽譜の裏表紙で早くも懇切な解説者ぶりを発揮する。
デイートリツヒが「嘆きの天使」で歌つた "Fallin' in love again" 「ブロンド ヴイナス」で歌ふ「ジョニイ」や、「激情の嵐」のアンナ・ステンの歌を皆様は覚へておいでになると思ひますが、これ等の歌は皆、フリードリツヒ・ホレンダーの作曲になつたものです。今月の楽譜「などて生き得ん、君なくて」は近く封切られるウフア映画「私と女王様」の中でリリアン・ハーヴエイが歌ふ主題歌で、矢張り、ホレンダーの作曲です。亦ホレンダーは作曲ばかりでなく、この映画の監督を務めて居ります。
*
フリードリツヒ・ホレンダーは独逸の小唄作家として、映画「嘆きの天使」「人間廃業」「人生謳歌」「激情の嵐」の作曲者として知られて居りますが、舞台の方でもオペレツト、楽劇の演出家としても著名であります。彼が「会議は踊る」に次ぐ史的オペレツト大作「私と女王様」の監督に選ばれたのは当然であります。「私と女王様」は映画のペーヂで御覧になる通り、十九世紀末葉の華やかな巴里を背景にしたもので、(実在、仮想の人物がたくみに織込まれてゐる所は「会議は踊る」と似てゐる)、オツフエンバツハが自ら歌劇を興行し、タクトを振つてその人気いやが上にも高かつた頃のおはなし、イフゲニー女王(マデイ・クリスチヤンス)、ポンテアラク侯爵(コンラツド・フアイト)、女王の侍女ジユリエツト(リリアン・ハーヴエイ)、ジユリエツトの許婚で、オツフエンバツハの弟子デイテイエ(ハインツ・リユーマン)等の人物が入り乱れて醸し出す風情は、歌舞伎の粋と滋味をたゝえて居ます。デイテイエの作曲した歌(この歌)が重要な役割を持つてゐて、以外の人と人を結ぶラストは楽劇に相応しいものです。このウオルツはイングリツシユ・ウオルツと添書されてゐますが所謂スローウオルツで、ホレンダーの魅力ある個性もよく出てゐて大へん歌ひいいものです。
この映画の主題歌はこの外にオツフエンバツハ(千八百十九──一八八〇)より一寸あとの矢張り喜歌劇の作曲家として有名はルコツク(一八三二──一九一八)の物に基づいた「百万長者になつた様」"Mir ist so millionar zu Mut" と、仝じく、エドモン・オードラン(一八二〇──一九〇一)の元曲に因つた「女王様の歌」"Lied der Kaiserin" の二つがフランツ・ヴアツクスマンの手で作曲されてゐて、十九世紀の時代色が一層よく音楽に託されてゐるわけであります。前者は同じくハーヴエイに後者はマデイ・クリスチヤンスが歌つてゐます。
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レコードでは、ポリドールに、この楽譜のウオルツと、「百万長者……」の裏表で、ウフアのオーケストラ演奏(番号一〇六二九)のものと仏蘭西盤のアルベール・ユアールのオーケストラ演奏(番号一五〇二六、一五〇一一)の二種が発売されて居ますし、近くコロムビアにリリアン・ハーヴエイの歌(J二〇六六)の盤が出るさうです。
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それから、これは歌とは別のことですが、この映画のリリアン・ハーヴエイは真に「会議は踊る」以来の適役で、好演技を見せて居りますし、コンラツド・フアイトもこの映画にしつくりとした名演技を見せます、フアイトは「会議は踊る」のメツテルニツヒもさうですが、勿論歌一つ歌ふわけでもないのに、こう云ふオペレツト物に立派に調和してしまふのは不思議な位です。
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で、映画を御覧になる前に、一寸メロデイーを口ずさんだ上で御聞きになるのも楽しいものだと思ひます。
たかが片々たる小さな附録楽譜に惜しみなく蘊蓄を投入する全力投球ぶりに、いかにもこの人らしい誠実さがよく表れている。それにしても大変な知識量であることよ。この映画を全く知らない七十年後の読者に対しても、「これはいつかぜひ観てみなければ」と思わせる強い影響力を及ぼす文章である。
そしてこの解説文の上にはその「
などて生き得ん 君なくて」の訳詞が掲載されている。日本語訳もまた、その人自らが手掛けている。
われをたゝえるひとの
ことばも数あれど
まことの愛のことば
ただひとたびもなし
ひとり涙する夜も
うつろに笑ふ日も
過ぎ去りし想ひ出
いまは唯!
(リフレイン)
君しりそめし この日
はじめて知りぬ よろこび
君しらぬころの なみだも空(むな)し
よろこびも われになし
きみこそ 我がひかり
いまより
などて生き得ん、君なくて
きみこそわがひかり 君得て
はじめて知りぬ よろこび
さすがに七十四年前の歌詞は映画主題歌ですら文語体だったのかと驚かされる。
再び表紙に戻ると、そこにはドレスで着飾りながら楚々とした風情を漂わす娘を表した木版画ふうの装画が大きくあしらわれている。これが「女王の侍女ジユリエツト」に扮するリリアン・ハーヴェイなのであろう。楽譜にはこれが誰の描いたイラストレーションなのかどこにも明記されてはいないが、右下隅に微かにサインが読み取れる。すなわち
H. Nog と。
そうなのである。これこそは若き日の「その人」野口久光さんの、長いキャリアのごく初期に手掛けられたイラストレーションなのだ。後年ポスターなどで披歴された馴染のスタイルと随分違うのだが、瀟洒でエレガントな描きっぷりは共通する。添えられた手書き文字は紛れもない彼の典型的な字体である。
時に野口さん二十五歳。美校を出て宣伝マンとして東和商事に入社してまだ日の浅い時期のお仕事である。
(次回につづく)