直接に教えを受けたわけではないけれど、この人には実に多くを負うている。
その名を初めて目にしたのは遠い昔、ミュージカル映画のサウンドトラックLPでだった。それが映画雑誌だったり、ジャズ雑誌だったり、『ミュージック・マガジン』誌や『トランヴェール』誌の連載だったりしても構わないのだが、小生の場合はなんといってもミュージカルのサントラ盤。1970年代半ばのことだろうか。
その人の書くライナーノーツはいつも懇切丁寧、細部のデータが実に詳しく正確に書き込まれている。語り口は平易だが格調が高く、しかも愛情たっぷり。とりわけフレッド・アステア出演作のサントラ盤の解説は出色の内容、何度これを読み返したことだろう、汲めども尽きぬ泉のような文章だった。
ハリウッド・ミュージカルに新紀元(エポック)を齎らしたアステア=ロジャース共演のダンス・ミュージカル、その4大オリジナル・サウンドトラックがはじめてLP化されて登場!
アメリカ映画史最高のダンシング・コンビ・スターとしてふたりの名は今も映画ファン、ミュージカル・ファンに懐しまれ、語りつづけられています。
折からノスタルジア・ブームの波にのってアメリカやイギリスでは40年も前に作られたアステア=ロジャースの共演映画がリヴァイヴァル上映され、オールド・ファンをよろこばせているばかりでなく、若い人たちの人気を呼んでいます。そしてファンの間からはなんとかアステア=ロジャースのサウンドトラック・レコードを出して欲しいという声が高まってきました。
このアルバムはそうしたイギリスの熱烈なファンの要望に応えてイギリスEMIによって実現したもので、アステア=ロジャースの代表作ともいうべき「トップ・ハット」、「有頂天時代」、「踊らん哉」、「コンチネンタル」の4作品のミュージカル・ナンバーをRKOラジオ映画会社とRKOジェネラル・インコーポレイテッドの提供になるプリントからピック・アップしたもので、技術面はクリス・エリスとジョン・ウォドリーが担当しました。
せりふや音響を抜いたふつうのサントラ盤とちがって公開用のプリントのサウンドトラックから直接音をとった正真正銘のサウンドトラックなのでRKO映画のトレイド・マークとともにきかれた懐しいモールス信号の音がちゃんと入っているのもうれしい限りです。
アステアとロジャースが共演したミュージカル映画は1933年から39年までの間に9本のRKO映画、それから10年目の1949年にMGMで1本作られ、計10本の作品が残されていますが、アステアが30代、ロジャースが20代に作られたRKO時代の作品が圧巻の出来で、ここに選ばれた4本はアーヴィング・バーリン、ジェローム・カーン、ジョージ・ガーシュウィン、コール・ポーターという超一流のソング・ライターが作曲した主題歌が今も魅力を失っていません。
アステアとロジャースはともにブロードウェイ・ミュージカルの出身ですが、映画入りしたのはロジャースの方が早く1929年、アステアの方は1933年にハリウッド入りをしました。2人がはじめて映画で顔を合わせたのは1933年に作られたミュージカル映画「空中レヴュー時代」で、その時は端役として出演しましたが、ふたりが踊った「カリオカ」というナンバーが主役をさらってしまうほどすばらしかったのでRKOに迎えられ、ダンスを呼び物にしたミュージカル映画に共演し、1930年代のドル箱スターにのし上がったのでした。
と、ここまではほんのイントロで、このあとアステア=ロジャーズの共演映画十本のデータが列挙されたあと、アステアの生涯(といってもそのときまだ存命中だが)が詳しく綴られて、しかる後にいよいよ収録ナンバーについての微に入り細を穿った紹介がLPの見開きジャケットいっぱいに開陳される。実にまあ、痒いところに手の届く懇切丁寧な解説ぶりである。
今でこそネット上の詳しい情報がたやすく得られる時代になったが、当時は戦前のフレッド・アステアについてこれだけ充実した紹介が読める媒体はほかに殆どなかったから、われわれ新参者にとってこの人の書くライナーノーツがいかに裨益するところが絶大だったか、想像するに余りあろう。
(次回につづく)