半年ほど前、たしかブリュッヘンが新日本フィルを振る演奏会を聴きに錦糸町を訪れたとき、少し早く着いたので駅前ビルの本屋で時間を潰していて、こんな面白そうな本を見つけたのだった。
リック・ゲコスキー
高宮利行訳
トールキンのガウン
稀覯本ディーラーが明かす、稀な本、稀な人々
早川書房
2008
(帯の惹句)
名だたる傑作・名作の
とっておきのいい話。
文学の「ゴシップ集」
(帯の紹介文)
本書は1996年にBBCラジオ4で連続放送した《稀な本、稀な人々》と題する番組内容を、拡大したエッセイ集である。扱っているのは二十世紀のベストセラー、あるいはベストセラー作家の処女作品集であり、その誕生に当たっての驚くべき裏話が語られる。そして、今日これらの初版、とくに著者サイン入り献呈本がいかなる高値で取引されているかが活写されている。
惹句どおりこれはちょっと比類のない面白い本だ。だが今日はもう紹介はやめにして、いきなり本題に入らせて欲しい。本書には『息子と恋人』から『ハリー・ポッターと賢者の石』まで、英米文学の著名作二十冊とそれに纏わる興味津々の話題が満載されるのだが、二百十八頁まで読み進んで、小生の眼はそこに釘づけになった。
オーウェルが公けに自作についてコメントすることは稀だった。しかし『動物農場』の場合は例外とした。そのやり方は彼らしく癖のあるものだった。一九四七年に本書のウクライナ語訳が出版されたとき、オーウェルはその機会を使って序文を加え、「西側の社会主義運動にソヴィエト神話が与えた報われない影響」を明らかにしたかったと説明した(なぜウクライナ人だけがこういった解説を享受できるのかはっきりとは明示されていない)。[中略]
オーウェル収集家はこの『動物農場』のウクライナ語版をあまり追い求めていないことは、私にとっていつも驚きだ。今までに二部ほど扱ったが、百二十五ポンドより高く値を付けたことがない。よい状態なら三千ポンドはする英語版より、ずっと現存数は少ないにもかかわらすだ。
心臓が高鳴った。なぜならその「ウクライナ語版」を小生はたしか架蔵しているはずだからだ。
帰宅するなり書棚を漁ってみると、たしかにあった。
表紙には見るからに尊大そうな牡豚が鞭を手に農場の柵に寄りかかってふんぞり返る姿が描かれている。全体の基調色は禍々しい「赤」(
→こういう表紙)。
壊れかけた柵にはキリル文字で大きく "КОЛГОСП ТВАРИН" と、そして下方にはなぜかこちらはローマ字で "George Orwell" とある。頁を繰ってみると、間違いない、テクストはロシア語と似て非なるウクライナ語で組まれている。もちろん一行たりとも読むことができない。
それにしても、読めもしないウクライナ語版の『動物農場』がどうして小生の手許にあるのだろう。いつ、どこで手に入れたものか。これがさっぱり思い出せないのだ。
(明日につづく)