暑苦しく鬱陶しい宵を爽やかにしてくれる魔法のようなCDが、棚の奥からひょこっと現れ出た。
20世紀初頭のパリに居合わせた作曲家たちが女声と器楽アンサンブルのために書いた一群の音楽を集めたディスクである。独唱はドーン・アップショー。小生の記憶が正しければ、これは彼女の最初か二番目のソロ・アルバムではなかったか。
"The Girl with Orange Lips"
マヌエル・デ・ファリャ:
プシシェ (ジャン・オーブリー)
モーリス・ラヴェル:
マラルメの三つの詩 (ステファーヌ・マラルメ)
イーゴリ・ストラヴィンスキー:
バリモントの二つの詩 (コンスタンチン・バリモント)
アール・キム:
哀しみがまどろむところ (ギヨーム・アポリネール、アルテュール・ランボー)
イーゴリ・ストラヴィンスキー:
三つの日本の抒情詩 (山部赤人、源当純、紀貫之)
モーリス・ドラージュ:
四つのインドの歌 (モーリス・ドラージュ)
ソプラノ/
ドーン・アップショー
ヴァイオリン/カーミット・ソリ、リン・チャン、ナイ=ヤン・フー、ロバート・ラインハート
ヴィオラ/サラ・クラーク、ナルド・ポイ
チェロ/エリック・バートレット、ブルース・コポック
フルート/フェニック・スミス、ローラ・ギルバート
オーボエ/マーシャ・バトラー
クラリネット(バス・クラリネット)/トマス・ヒル、ミッチェル・ワイス
ピアノ/ランドル・ホジキンソン
1990年9月24〜26日、ニューヨーク
Nonesuch 7559-79262-2 (1991)
1912年の暮れ、バレエ・リュスが『火の鳥』と『ペトルーシカ』をベルリンで上演する(後者はドイツ初演)のに伴い、ストラヴィンスキーはこの街に滞在した。12月8日、彼は幸運にもアルノルト・シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』再演に出くわす。わずか二か月前に初演されたばかりの最新作である。
歌唱とも朗読ともつかぬデクラメーション(シュプレッヒゲザング)の斬新奇抜さもさることながら、数名の室内楽からなる意表をついた楽器編成にもストラヴィンスキーは魅了されたらしい。
独唱/ヴァイオリン(ヴィオラ持ち替え)/チェロ/フルート(ピッコロ持ち替え)/クラリネット(バス・クラリネット持ち替え)/ピアノからなる編成は、曲の進行につれ変幻自在、「これまでの音楽で耳にしたことのない」ような玄妙な響きを紡ぎだしたのである。
ストラヴィンスキーの反応は早かった。すでに着手していた「日本の抒情詩」に基づく歌曲集の伴奏を通常のピアノから室内楽へと変更し、その楽器編成もヴァイオリン2/ヴィオラ/チェロ/フルート2/クラリネット2/ピアノと、『月に憑かれたピエロ』そっくりに仕立て上げた。
翌1913年春、ディアギレフからムソルグスキーの歌劇『ホヴァンシチナ』の編曲を依頼されたラヴェルは、共同作業を行うべくストラヴィンスキーの住むスイスのクラランを訪れる。すでにシェーンベルクの新作の噂を聞いていたラヴェルは、仕上がったストラヴィンスキーの『三つの日本の抒情詩』に瞠目し、「ならば僕も同じような歌曲集を書こう」と言い放った。「シェーンベルクの作品と、君のと僕のと、三つ並べてパリで初演したらどうだろう」。ラヴェルはそんな構想まで口にした。
(まだ書きかけ)