久し振りに何事もなく過ごす日曜日。気忙しかった五月もこれでようやく終わる…とのんびり構えていてハッと気づく。今日はハイドンの歿後ニ百周年の当日ではないか。慌ててウィキペディアで確認。
Franz Joseph Haydn
* 31. Ma¨rz 1732 in Rohrau, Niedero¨sterreich;
† 31. Mai 1809 in Wien,
war ein fu¨hrender o¨sterreichischer Komponist der Wiener Klassik. Er war Bruder des Komponisten Michael Haydn und des Tenors Johann Evangelist Haydn.
やっぱりそうだ。遅蒔きながら気付いてよかった。ごめんね、パパ・ハイドン。
咄嗟に棚に手を伸ばして取り出したCDはしかしハイドン自身の楽曲ではない。
"Hommage a` Joseph Haydn"
six pie`ces compose´es a` l'occasion du centenaire de Haydn,
pour La revue musicale, 1909
Claude Debussy: Hommage a` Haydn
Paul Dukas: Pre´lude e´le´giaque sur le the`me propose´
Raynaldo Hahn: The`me varie´ a` Lady Lewis
Vincent d'Indy: Menuet
Maurice Ravel: Menuet sur le nom d'Haydn
Charles-Marie Widor: Fugue
Margaret Fingerhut, piano
14 & 15 September 1987, The Maltings, Snape
Chandos CHAN 8578 (1988)
今を去ることちょうど百年、パリの音楽雑誌『ルヴュ・ミュジカル』がハイドン歿後百周年を記念して、当代の仏蘭西を代表する作曲家六名にそれぞれ献呈曲を依頼してまとめたオマージュ曲集「ハイドンを讃えて」だ。
この種の楽曲の例に倣い、被献呈者の名が音名に置き換えられ、各人はその音列主題に基づいて作曲するのがお約束だ。即ちハイドンは HAYDN → BADDG となるのである。どうしてそうなるのか、理屈のあらましは
ここをお読みいただきたい。
二百年前に世を去ったハイドンを、百年前のフランスの楽曲で偲ぶという乙な趣向。このうちドビュッシーとラヴェルの曲はそこそこ知られているが、残りの曲は滅多に耳にする機会がない。雑誌編集部から与えられた課題を各人各様に受け止め、それぞれに恭しく手製の捧げものを献じているさまがなんとも奥床しく微笑を誘う。蓋し誰にとってもハイドンは「パパ」だったのだろう。