先日たまたま店頭で見かけた本、といってもムラカミぢゃあない、ハヤミだ。これを昨晩読み出したらもうやめられない。近来稀にみる秀逸な美術書なのだ。
速水 豊
シュルレアリスム絵画と日本
イメージの受容と創造
日本放送出版協会
2009
1930年前後に登場したニッポンの「超現実主義」絵画は1920年代にフランスに現れ西欧を席捲したシュルレアリスムの影響下でスタートした。これは疑いようのない事実だ。古賀春江、福沢一郎、三岸好太郎、そして飯田操朗。彼らの新奇な作風は当時の美術界に少なからぬ衝撃を与えたし、多くの追随者を生みもした。
他方、彼らは本家本元たる西洋のシュルレアリスムの本質を知らず、単に上っ面を模倣しただけだとの論難も、繰り返し投げかけられてきた。「奴らは所詮、流行に身を任せただけの底の浅いエピゴーネンに過ぎなかった」と。小生もしばしばそのように感じて、軽蔑的言辞を口にしたこともある。速水の企てはそうした批難をも踏まえたうえで、遺された作品そのものに即して冷静沈着に再検証するものである。
シュルレアリスムも西洋で生まれ、日本に影響を与えた前衛的な流派のひとつである。だが、日本のシュルレアリスム絵画と呼ばれる作品を描いたこうした画家たちは、単に西洋の新しい表現を模倣したに過ぎなかったのだろうか。彼らの作品をよく見て、その制作意図をたどり、彼らが考えたこと、彼らが表現しようとした内容をもう一度考えてみる必要があるのではないか。
近年に著しく進んだ作品の個別研究の結果、古賀春江の代表作『
海』(1929)や『
窓外の化粧』(1930)が同時代のさまざまなグラフ雑誌・科学雑誌に掲載された図版からモティーフを得ていることが明らかになった。それらを一図に糾合する手法は一見したところシュルレアリズムの常套手段であるコラージュによるデペイズマンによく似ている。異質なもの同士を唐突に出逢わせる「解剖台上のミシンと蝙蝠傘の出逢い」の類いのことだ。
だがそれは本当にデペイズマンなのだろうか、と速水は問いかける。そもそも古賀が自作に採り上げる水着の女性や飛行船、潜水艦、近代的なビルディングなどの「モダンな」モティーフは、本家である西欧シュルレアリスム絵画では殆ど見かけない。また、工場の配管を思わせるパイプ状のモティーフを古賀は好んで画中に描き込むが、こうした現代的な機械美もまた、「反近代」「反合理主義」を標榜するシュルレアリストの好むところではなかった。古賀の「シュールな」作品は西欧の先例とははっきり異質なものだったのである。
このような事態を、シュルレアリスムに対する古賀の理解の浅薄さに帰すことも可能だろう。手当たり次第に手近な珍奇なイメージを渉猟する古賀の「お手軽さ」を難ずることもできよう。だが本書の著者はそこにシュルレアリスムとは一線を画する古賀ならではの斬新な絵画観をみようとする。
ここには同時代の他の絵画とはまったく異なる絵画理念が働いていた。古賀がめざしたのは「自己消滅」であり、[中略]
古賀の絵画は、現実性を消失した純粋なイメージが住まう、いわば形而上的な平面を志向していたのである。
一方、福沢一郎がパリ留学時代に描いた諸作には、驚くほど手の込んだ制作手順が見出される。よく知られた『
Poisson d'Avril(四月馬鹿)』や『
よき料理人』(ともに1930)には、エルンストのコラージュ小説『百頭女』(1929刊)に酷似したイメージ処理がみられるばかりか、図像の出典を19世紀の科学雑誌 "La Nature" に求めるところまでそっくりなのだという。どうしてそんなことが可能だったのだろう。
いずれにせよ、福沢はエルンストのコラージュ手法をただ表面的に真似るのではなく、その出典にまで遡って発想そのものを根元的に理解し、自家薬籠中のものとしていた。しかも全くのリアルタイムで。これには驚くほかない。
…といった具合に、本書は驚愕と発見と新知識に満ちていて、戦前の日本の「超現実主義」画家たちの仕事の意味に新たな光を投げかける。猿真似のようで、そうぢゃなかったのだ。
かくも高度な内容を備えた論考が美術館の紀要や学会誌ではなく、気軽に手に取れるペーパーバックの形で刊行されたことを寿ぎたい。文章も平易で明晰。しかも刺激と示唆に溢れている。