宇都宮への往還は行きも帰りも三時間以上かかった。東北新幹線を使えば少し短縮できるのだが、緊縮財政下なので経費節約を心掛けた。
重たい展覧会カタログを持参し、往路の車中で予習する心づもりだったのだが、電車に乗った途端に気が変わり、復路で読むために持参した新刊を鞄から取り出してついつい読み耽ってしまう。
森まゆみ
女三人のシベリア鉄道
集英社
2009
これは大いに心そそる本だ。題名からすると女性の三人旅のようだが、さにあらず。与謝野晶子、中条(宮本)百合子、林芙美子がそれぞれ別個に体験したシベリア鉄道の旅を題材にしている。
敢行年度はそれぞれ1911年、1927年、1931年。旅の動機も三者三様、取り巻く世界情勢も違っていて、三つの旅に色濃く影を落としている。与謝野は帝政末期のロシアを通過して夫の待つパリまで列車で旅したわけだし、中条は同性の伴侶とともに革命十周年で沸くモスクワへ遊学の道中だし、林は騒然たる満洲を経由してパリに暮らす恋人を追いかけた。
この三人の女性の三つの旅を、森さんは自らも同じルートを実地に旅してみて、その大胆不敵な行動を追体験しようとする。本書はだから「四人目の女性作家」の旅日記とも呼ぶべき興味深いシベリア鉄道行脚となっているのがミソ。なんでも自分の眼で、自分の脚で確かめ、自らの体験として生きてみなければ気が済まない、この著者ならではの姿勢に貫かれた興味津々の一冊。むしろロード・ムーヴィとでも呼びたいような趣だ。
この旅を決行してほどなく、森さんは「原田病」なる百万人に数例という難病にとり憑かれて今も闘病中だという。その辛い日々のなかで上梓されたのが本書であるらしい。ほぼ同世代の読者として心からエールを送りたい気持ちだ。
在来線である宇都宮線の車両は、山手線や京浜東北線とどこも変わらず、旅人にとってはいたく興醒めだ。だいいち、これでは駅弁が喰えない。ただし先頭と末尾にだけは対面式のボックス席があるので、首尾よくここに陣取って、おもむろに幕の内と熱いお茶。やっぱりこうぢゃなくちゃね。
鈍行にごとごと揺られながら往時のシベリア鉄道旅の物語を読むのはオツなもの。なかなかに得がたい体験だわい…なぞとひとりごちるうち、列車は終点の宇都宮にしずしずと滑り込んだ。