「犬は人間の最良の友」という。
これはしかし身勝手な思い込みなのかもしれない。番犬といい猟犬といい、はたまた愛玩犬といい、こちらに都合のよい役柄ばかり演じさせて、その限りにおいて「良き友」呼ばわりしている。犬には犬の言い分がきっとあるはずだ。もしも口がきけたら、の話なのであるが。
犬について作家が書いた文章といえば、チャペックの『ダーシェンカ』とともに真っ先に思い浮かぶのが、ジェイムズ・サーバーの一連の軽妙なエッセイである。ちょっと書架から取り出してみよう。
James Thurber:
Thurber's Dogs
Penguin Books
1958先年ロンドンでのんびり遊んだ折り、テムズ河畔の古本の露店でたまたま見つけ、ベンチに腰掛けて読んだ。随所にサーバー自筆の洒脱なペン画が挿入されていて、パラパラ頁を捲りながら気軽に拾い読みするのに恰好の一冊だった。
サーバーは知る人ぞ知る稀代の犬好きで、生涯で四十匹以上も飼ったという。その彼が永年にわたって書き綴った大小の犬エッセイを自選したアンソロジー。犬には犬の言い分がある、それを物言わぬ犬たちになり代わって語るのだ、という姿勢がなんとも好もしい一冊だ。嬉しいことに、これには優れた邦訳もある。
ジェイムズ・サーバー
鳴海四郎 訳
サーバーのイヌ・いぬ・犬
ハヤカワ文庫
1985そこにきて、こんな一冊が新たに出た。
ジェイムズ・サーバー
青山 南 訳
サーバーおじさんの 犬がいっぱい
筑摩書房
2009たまたま先日JRエキナカの書店で見かけて、一も二もなく手にした。サーバーの描く犬漫画を散りばめたカヴァーが賑やかで愉しげだ。帯の惹句に「あのサーバーが帰ってきた! 犬好きによる 犬好きのための 豪華犬爛 犬エッセイ」とある。
手に取って頁をパラパラしていたら(右頁下端に小さく入った絵が「パラパラ漫画」になってる!)、どうも様子がおかしいぞと気づく。見知らぬ挿絵がほうぼうにある。おお、そうか、ユーレカ、これは馴染の "Thurber's Dogs" とは別に、21世紀になって編まれた新アンソロジーなのだ。改めてカヴァーをみたら「マイケル・J・ローゼン編」の文言がある。
因みに原題は矢鱈と長々しいゾ。"The Dog Department: James Thurber on Hounds, Scotties, and Talking Poodles" という。
さっそく読んでみたら、やっぱり違う。『サーバーのイヌ・いぬ・犬』と重複するエッセイはざっと半分くらいかな。かなり長めの愛犬追想記や犬擁護論(これは前著にも含まれていた)があるかと思えば、挿絵にちょっとした一口コメントを寄せたコラムも散りばめられ、どれから読み始めてもいいし、大小さまざまとり混ぜたブレンドぶりがなんとも好もしい。原題の「犬デパート」(「犬部門」?)はなるほど言い得て妙だ。
サーバーの英語はけっこうシニカルに屈曲していて一筋縄でいかない。青山さんの訳文ははなはだ見事で、その辺の機微を伝えながらもたいそう読みやすい。
愛犬家はおろか、小生のような猫派の読者にも「ああ犬はいいなあ」と思わせる卓抜エッセイが満載された、一家に一冊すべからく必携、お薦めの「犬本」。プレゼントにも最適だ。サーバー愉しいですよ。