1931年2月25日、ベルリンの帝国放送協会 Reichsrundfunkgesellschaft はフィルハーモニーザールで催された演奏会を欧州全土へ向け実況生中継した。
以下は当夜の全プログラムである。
25 Februar, 1931
19:30 (aus der Philharmonie)
Orchesterkonzert
Dresdener Staatskapelle.
Dir.: Generalmusikdirektor Fritz Busch
1. Beethoven: Symphonie Nr. 4, B-Dur, op. 60
2. Mozart: Konzert für Klavier u. Orch., F-Dur (K.-V. 459)
(M. Horszowski, Flügel)
3. Brahms: Symphonie Nr. 2, D-Dur, op. 73
~当日の日刊紙「モルゲンポスト Morgenpost」のラジオ欄より~
うわあ凄い時代だなあ。できることなら時空を超え往時の伯林へ飛んで行きたい。
でも長居は無用だ。身の毛もよだつ恐ろしい政変が二年後に迫っている。
たまたまベルリン来訪中のシュターツカペレ・ドレスデンがフィルハーモニーザールで演奏会を催す。指揮はもちろん当時の音楽総監督たるフリッツ・ブッシュその人だ。共演ピアニストが若き日のホルショフスキというのも注目に値しよう。
実は当夜の録音が奇蹟的に遺されていた。全く信じがたいことだ。
ただし全部ではない。最後のブラームスの第二交響曲の実況が丸ごとディスクに刻まれ、辛うじて戦禍を免れ八十年近く経ってようやく日の目を見たのだという。
病臥中だが今日はなんとしてもこれを聴く。
"Achtung! Achtung! Hier spricht Berlin..."
ブラームス:
交響曲 第二番
フリッツ・ブッシュ指揮
ドレスデン州立歌劇場管弦楽団
1931年2月25日、ベルリン、フィルハーモニー楽堂(実況)
Profil-Hänssler PH 07032 (2008)
まことに目の醒めるような鮮烈無比な演奏である。ひたむきな情熱、というような、普段のブッシュにはおよそ似つかわしくない表現がふと口をついて出る。それほどまでの凄演なのだ。
このCDは "Fritz Busch: Sämtliche Dresdner Aufnahmen 1923-1932" という少し前に手にした四枚組(3CD+1DVD)のうちの一枚だ。ほかにこの箱物にはさらに古いアクスティック録音(1923、いわゆる「喇叭吹込」ですね)と、初期の電気録音(1926~)によるフリッツ・ブッシュのドレスデン時代の全録音が纏められている。大袈裟でなくこれは人類の宝なのだ。最初の一枚はこう。
"In den Trichter gespielt..."
モーツァルト: 「フィガロの結婚」序曲
スメタナ: 「売られた花嫁」序曲
ヨハン・シュトラウス: 「蝙蝠」序曲
ズッペ: 「美しきガラテア」序曲
ヴェーバー(ベルリオーズ編): 舞踏への勧誘
メンデルスゾーン: 「真夏の夜の夢」序曲
グルック: 精霊の踊り~「オルフェウスとエウリュディケ」
モーツァルト: 祭司たちの行進~「魔笛」
ビゼー: 「カルメン」第三幕の前奏曲
ワーグナー: 「ニュルンベルクの親方歌手」第三幕の前奏曲
チャイコフスキー: 「胡桃割り人形」小序曲
モーツァルト: メヌエット~交響曲 第三十九番
リヒャルト・シュトラウス: メヌエット ト長調&イ長調~「町人貴族」
フリッツ・ブッシュ指揮
ドレスデン州立歌劇場管弦楽団
1923年、ドレスデン
文字どおり蚊の鳴くようなか細い貧弱な音だが、聴こえるのは紛れもない清廉直截なフリッツ・ブッシュの音楽なのである。レコードってほんとに凄い。素晴らしい。