執筆がサッパリ捗らないので、未開封のままだったCDを聴く。LP時代の1971年に出てすぐに廃盤になり、それからというもの殆ど人目に触れる機会のなかった稀少なアルバムの願ってもない覆刻だ。
チェロを独奏楽器とする日本の現代音楽を集大成したLP五枚組という前代未聞の大企画。殆どの楽曲が初録音(多くは唯一の録音)であり、なかにはこの録音のため特別に委嘱された楽曲もあった。当時の東芝EMIは毎年秋か冬に、独自に企画したこの手の大型組物を世に問い、文化庁の「芸術祭レコード部門」の受賞を目論んでいた。採算など完全に度外視した「文化メセナ」に近いプロジェクトであり、噂によればこのアルバムなども実売は百組程度だったと聞く。世知辛い今の時代には全く考えも及ばない快挙(暴挙?)であろう。
今日取り上げるのは、そのうちの前半部分に該当するCD二枚分。1940~70年代初頭のチェロ協奏曲五曲を収めている。
「現代日本チェロ名曲大系──Ⅰ」
矢代秋雄: チェロ協奏曲* (1959‐60)
堀 悦子: ティンパニ、チェロ、オーケストラのための協奏曲** (1967)
芥川也寸志: チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート*** (1969)
広瀬量平: チェロ協奏曲「悲(トリステ)」****(1971/委嘱作)
尾高尚忠: チェロ協奏曲***** (1944)
チェロ/岩崎 洸
若杉 弘 指揮
読売日本交響楽団* **
日本フィルハーモニー交響楽団*** *****
ティンパニ/有賀 誠門、ニュー・ミュージック・アンサンブル****
1971年5月14日、15日、24日、東京、世田谷区民会館
1971年7月14日、東京、東芝音楽工業第1スタジオ
1971年7月23日、東京、世田谷区民会館
Tower Records EMIミュージック QIAG-50031/32 (2009)
小生にとってもこの上なく思い出深いアルバムである。またも旧著を引き合いに出して恐縮だが、これこそはわが『12インチのギャラリー』に掲載した四百余点のLPのうちで一、二を争う秀逸な出来映えだからだ。どっしりと持ち重りのするカートンケースに納められたこの五枚組のアルバム・カヴァーと解説書のデザインを手掛けられたのは、日本が生んだ最高のジャケット・デザイナーと目される松本侑三さんである。
まずはカヴァー・デザインをご覧いただこうか(今回のCD仕様のものは
→これ)。
1990年の初夏、紀尾井町のオフィスに松本さんを訪ねた小生は詳しいインタヴューを試みた。その内容は上述の拙著の第七章「音楽への捧げ物」に "音楽を「形」にしたデザイナー" として纏めてある。そこから少し引いておく。
音のイメージを抽象的形態に託したような松本氏の作品だが、その発想の原点は、意外にも具体的な「もの」にある。[中略] ありきたりなただの「もの」が、いくつかのプロセスを経て、鮮やかなイメージへと変容を遂げていく。
さらに思いがけないのはこのアルバムである。「実はこれ、砂山に雪が積もっている写真をもとにしています。線になっているのが砂山で周りが雪です。偶然にできた形が非常に美しくて……。以前にも京響(=京都市交響楽団)のポスターで、階段に降り積もった雪の写真を使ったことがありました」。
松本侑三さんと、その幼馴染の盟友で東芝の社内デザイナーだった竹家鉄平さんのおふたりが1960年代後半から1970年代にかけて手掛けた東芝EMIのクラシカルLPのデザインは、ちょっと震えがくるほどに素晴らしかった。それらはまさしく「目に見える音楽」だった。現在それらを目にし手に取る機会は(中古レコード屋の店頭以外では)ほとんど不可能になってしまったのがまことに残念である。その意味でも、今回のタワーレコードによる覆刻事業は頗る文化的価値が高い。
因みに、同時にCD覆刻された巖本眞理弦楽四重奏団のアルバムのカヴァー・デザイン(
→これ)も、松本さんが手掛けられた一枚である。