春爛漫の暖かい日和だが、どこにも出掛けず連載原稿の書き出しに苦慮している。書くべき中身は決まっているのだが、冒頭の「摑み」が難しいのはいつものこと。ここが思案のしどころなのだ。
先日、ミュージック・マガジン編集部の浅野さんから連絡が入り、例の『猫ジャケ2』の広告に小生が提供した一枚を大きく使いたいので了承してほしいとのこと。もちろん一も二もなく快諾した。ご所望のアルバムはちょっと珍しい仏蘭西の二十五センチものである(
→これ)。とても評判がよろしいのだという。
どうです? なかなか可愛いでしょ?
Barclay レーベルから出た『長靴をはいた猫』の朗読レコードである。明記されていないが、おそらく1950年代末か60年代初め頃のものだと思う。子供向けのディスクなのに、徒にカラフルなイラストに頼らず、こんな洒落たモノクロ写真をわざわざ撮影した仏蘭西人のセンスの良さに脱帽だ。
この珍しいアルバムはたしか1993年に初めて巴里を訪れた折、ソルボンヌ大学近くの中古レコード屋の半地下の棚で見つけたのだと記憶する。他にも演劇やフランス詩の朗読ものをわんさと抱え込んだ。
三時間ほどかけて店内を物色していたら、口髭を蓄えた初老の店主が「貴殿はどこの国から来たか?」と尋ねてきた。「ジャポン国のトキオからはるばる来訪した」と応ずると、「ならば貴殿はこの本をご存じか?」と差し出された。
なんとそれは、 わが最初の著作である『12インチのギャラリー』だったのである! そう店主に告げると彼もたいそう驚いて、「これだけのLPをどこで集めた?」と問うてきた。「すべてトキオで収集しました」と答え、「フランスの方からみて、このセレクションはどう思われますか?」と恐る恐る尋ねると、「各国のバランスがよくとれていて、なかなか宜しい」とのこと。因みにその日の小生の買物はすべて半額になった。
さっそく近くの書店で近刊の『レコード・コレクターズ』誌五月号を手に取ってみると、おお、載ってる、載ってる!
この号にはマイルズ・デイヴィスの名盤 "Kind of Blue" の詳しい特集のほか、写真家ノーマン・シーフによるフィービ・スノウについての回想、細野晴臣のコンピレーションものの紹介など、面白い記事が盛り沢山。
ともあれ、はるばる巴里くんだりまで買い出しに出掛けた甲斐があったというものだ。十六年経ってようやく報われた気持ちである。