渋谷に出向く用事があったついでに書店の洋書コーナーを物色していて、たいそう魅力的な美術書に出くわした。これはもう手に取らずにはいられない。
The Push Pin Graphic:
A Quarter Century of Innovative Design and Illustration
by Seymour Chwast
edited by Steven Heller and Martin Venezky
introduction by Milton Glaser
Chronicle Books
2004
1950年代からポップ・アートと併走するかのようにアメリカのグラフィック・デザイン界を牽引してきた辣腕デザイナー集団
プッシュ・ピン・スタジオ。シーモア・クワスト、ミルトン・グレイサー、ポール・デイヴィス、ジョン・オルコーン、ジョン・コリア…。所属メンバーの名を口にするだけで、20世紀後半の米グラフィック・デザイン史が辿れるほどに、彼らの仕事は多彩にして多方面に及んでいる。
小生は専らLPレコードのアルバム・カヴァーという「正方形の窓」から彼らのアートワークをリアルタイムで望見してきただけだが、その大胆なグラフィズム、ウィッティな発想、繊細にして行き届いた仕事ぶりには常に目を奪われ続けてきた。詳しくは拙著『12インチのギャラリー』の当該ページを参照されたい。
この作品集は「プッシュ・ピン」の面々がクライアントの註文に応じたデザインの集成ではなく、彼ら自身の愉しみのため、またグループのマニフェストとして永年にわたり刊行してきたPR誌 "Push Pin Graphic" 全八十六冊(1957~80年)のグラフィック・ワークを、号順を追って紹介するものである(概要の紹介は
→ここ)。
当初はペラ一枚の一色刷タブロイド紙として発足した『プッシュ・ピン・グラフィック』誌は年を追い号を重ねるにつれて冊子化、カラー化、大判化し、盛り込まれる内容もアイディアも次第に手の込んだものへと進化していく。毎号テーマを定め(例えば「カフカ」「ニューヨークの夜」「道化師」など)、面白い(あるいは人を喰った)読み物を満載し、メンバーたちが腕を競い合うという道筋を歩んだ。今回の作品集はとても手が込んでいて、全号を万遍なくアンソロジャイズするだけでなく、「54号」を丸ごと覆刻し綴じ込むという念の入りようだ。
蛇足ながら、十年ほど前だったか、本郷の古本屋に『プッシュ・ピン・グラフィック』誌のバックナンバーがどっと纏まって出たことがある。
さっき書庫から引っ張り出してみたら、タブロイド判の「11号」からさまざまな試行を経つつ定型の雑誌形式に落ち着き、1980年に出た最終号「86号」に到るまで、とびとびながら全部で三十冊あった。旧蔵者はどうやらブルックリンの美術学校プラット・インスティテュートの先生(?)のバート・ワゴットなる御仁。その蔵書がどういう経路を経て東京の古書店に出現したのかは皆目わからない。
ともあれ、現物が手許にあるというのは嬉しいもので、頁を繰りながら記事を拾い読みしクワストやグレイサーの手技を愉しんでいると時間の経つのを忘れてしまう。