午前中に上野公園へ出向く用事があったので、広小路方向から階段を上り、そのまま桜並木をゆるゆると通り抜けた。
さすがに今日はほぼ満開に咲き揃い、壮観というほかない。路上では疾うに場所取りは終わり、ほうぼうで宴会が始まっている。醜怪な塵捨場が嫌でも目に入る。なので、視線をなるたけ上方のみに向けると、青空を背景に桜花はこの世のものとも見えない。いつしか周囲の喧噪も消え、忘我のフラヌールの境地で陶然とそぞろ歩く。
その間イヤホンから流れる音楽はフランス近代のピアノ連弾曲集。
「ピアノ・デュオのためのフランス名曲集」
ラヴェル: マ・メール・ロワ
ビゼー: 子供の遊び
フォーレ: ドリー
メサジェ: 三つの円舞曲
オーリック: 五つのバガテル
プーランク: ソナタ
ミヨー: アンファンティーヌ
ピアノ連弾/デュオ・クロムランク (パトリック・クロムランク+桑田妙子)
1992年3月29~31日、ローザンヌ、ヴィラ・ファロ
キング Claves KICC 8737 (1996)
フランス音楽で連弾というとLP世代の小生などはロベール&ガビー・カサドシュ夫妻の玲籠たる演奏を思い浮かべてしまうが、先日たまたま手にしたこのクロムランク夫妻のデュオは更にその上をゆく素晴らしさで、清冽な潔さとアンサンブルの密度、そして親密な温もりを兼ね備えている。これぞ連弾の魅力だと言いたくなる。
「マ・メール・ロワ」「ドリー」など人口に膾炙した名曲とともにメサジェ、オーリックの珍しい佳曲を組み合わせた選曲も申し分ない。桜のトンネルを潜り抜けながら至福の気分で聴き惚れた。
周知のようにクロムランク夫妻はこの録音の二年後、諍いの果てに自殺してしまった。もう十五年前のことになるが、その衝撃は今なお記憶に生々しい。桜花の下にいると何故かそんな禍々しい思い出が蘇るものだ。
用事を済ませて昼時に再び上野の桜並木を反対側から眺め歩く。路上には織るような人の波が押し寄せ、もはや上を向いたままでは歩けない。折角なので、夕方にまた来てみようかな。