今日中に仕上げてしまうはずの小原稿にまるで着手しないままとうとう夜になった。
読者対象は美術館学芸員なのだといい、「魅力的な展覧会カタログの作り方」について一文をしたためよという註文である。「そんな便利なノウハウがあったら苦労はしないものを!」と言い返したくもなるのだが、引き受けたからには致し方ない、なんとか週末までに書き上げるつもり。
先週たまたま中古で手にしたCDを聴いてみる。
マシュー・ロック: 国王陛下のサックバッツ&コーネッツ隊のための音楽
シューマン: 交響曲 第一番*
ブラームス: 交響曲 第二番
イシュトヴァーン・ケルテース指揮
ロンドン交響楽団
1965年11月30日*、66年2月15日、ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール (実況)
BBC Legends BBCL 4229-2 (2008)
聴き始めるのに些かの感慨と決心を要するアルバムだ。
なにしろイシュトヴァーン・ケルテースなのである。以前どこかで述べたように、わが人生で初めて接した生の演奏会。そのときオーケストラを指揮したのがこの人だったのだ。
1968年5月3日(金・祝)
19:00- 東京厚生年金会館大ホール
日本フィルハーモニー交響楽団 特別演奏会
指揮/イシュトヴァン・ケルテス
日本フィルハーモニー交響楽団
ピアノ/ロベール・カサドシュ*
曲目/
コダーイ: 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」
ベートーヴェン: ピアノ協奏曲 第五番*
ドヴォルザーク: 交響曲 第九番
四十年以上経った今も、この晩のことをありありと想い出すことができる。もちろん部分的にではあるのだが。耳のなかでその余韻が微かに鳴り続けている。
「ハーリ・ヤーノシュ」冒頭の壮大な嚏(くしゃみ)の炸裂にいきなり電撃を喰らい、光彩陸離たるオーケストレーションに眩惑されたこと。「新世界」交響曲の最後で長く延びる和音がホールに消えゆくさまに心奪われたこと。きびきびと若々しく誠実そうなその指揮姿に見惚れたこと。
あの日あのときの体験があるから今の自分がある。そう断言できるほどに、それは決定的な遭遇だったのだ。
イシュトヴァン・ケルテス(とここでは昔風の標記に戻そう)はそれからたった五年しか生きられなかった。1973年4月16日、テル・アヴィヴの遊泳禁止の海岸で溺れ死んでしまったのだ。享年四十三。
(まだ書きかけ)