夜半過ぎに起き出して、しこしこ原稿執筆にいそしんでいる。例に拠っていつもの「旅するアート」の連載だ。
この一年ずっと続けてきたなかで最も壮烈で深刻な、南海の孤島への「死出の旅路」。う~ん書くのが辛い。あと五行で仕上がるのだが。
一息いれて、昨日amazon から届いたCDをかけてみる。
ミシェル・ルグラン:
交響組曲「シェルブールの雨傘」
二台のピアノと管弦楽のための主題と変奏「恋」
ミシェル・ルグラン指揮 ロンドン交響楽団
1979年5月21-24日、ロンドン、EMIスタジオ
ソニー・ミュージック SICP 1562 (2007)
これは思い出深いアルバムだ。LP時代に中古で手に入れ繰り返し親しんだ。カラフルな雨傘をあしらったジャケット写真が懐かしい(
→これ)。
自作に新たなオーケストレーションを施し、ロンドン交響楽団を率いて録音するという贅沢な企てなのだが、当時ほとんど評判にならず、CDになるのもこの日本盤が世界初だというから、いささか不遇なアルバムかもしれない。確かに歌唱抜きで聴く「シェルブール」は、惜しげもなく繰り出される名旋律と絢爛豪奢な管弦楽に耳を奪われるものの、「カルメン」組曲や、「ポーギーとベス」の管弦楽版「キャットフィッシュ・ロウ」ほどに心惹かれないのは事実。
ここでの聴きものはなんといってもB面(とはもはや云えないが)の「二台のピアノと管弦楽のための主題と変奏」のほうだろう。「恋」の副題でもうおわかりだろう、これはかのジョゼフ・ロージー監督の珠玉の名篇『恋』(1971)のための映画音楽を演奏会用に編曲したものなのだ。
『恋』とはなんとも無粋な邦題をつけたものだが、原題は "The Go-Between" という。すなわち「仲介役」の意味で、これは主人公の少年が年上の女性に憧れた挙句、彼女のため秘密の恋文の配達役を買って出る…というストーリーから来ている。強いて訳すなら「恋の取り持ち役」あるいは「文遣い」とでもいおうか。原作はL・P・ハートリーの英国小説。かつて新潮社から『恋を覗く少年』という、これはなかなか含蓄ある題で邦訳が出ていた。
舞台は今世紀初頭の英国のカントリーハウス。夢のように美しい田園風景のなか、お屋敷の令嬢と使用人の若者との「身分違いの恋」が秘やかに始まって、やがて悲しい結末を迎えるのだが、その一部始終を館に寄宿する少年がつぶさに目撃してしまう…というストーリーだったと記憶する。一見したところいかにも英国風の上品なコスチューム・プレイのように思えるが、さすがにジョゼフ・ロージーは只者ではない、冷ややかな感触がそこはかとなく全篇に漂い、取り返しのつかない過去への悔恨と無常感がひたひたと押し寄せる。
巧妙にバロックの協奏曲を模したルグランの映画音楽は、ロージーの醸すその「冷ややかな感触」や「取り返しのつかない過去への悔恨」を、典雅で古風な装いのなかに余すところなく映し出して甚だ見事である。
夢うつつに耳を傾けるうち、遠い昔に観たフィルムの朧げな記憶のきれぎれに、眩い美しさで微笑むジュリー・クリスティの面影が浮かんでは消えた。