所用で浜松市楽器博物館を訪ねた。展示室に足を踏み入れるや、いきなりスコット・ジョプリンの小気味よいラグタイムが響きわたる。音のするほうへ足早に歩み寄ると、折りしも展示楽器のデモンストレーションが始まったところだ。
正面に仕掛けたピアノロールが威勢よく回転し、それにつれ鍵盤は自動演奏を繰り広げる。つまりこれはプレイヤー・ピアノ(自動ピアノ)なのであるが、にもかかわらず鍵盤の前には奏者とおぼしき男性が坐り、盛んに両足でペダルを踏みながら、両手は鍵盤に触れることなく、その手前あたりでレバーをしきりに操作している。なんとも珍妙な光景である。この男性は明らかに奏者ではない。だとすれば、彼はそこで何をしているのか。
ひとしきり「演奏」が済むと、おもむろに懇切な説明がある。19世紀末以降、ピアノロールを用いた自動ピアノは欧米で爆発的な人気を博するのだが、その動力は一貫して鞴(ふいご)を用いた風力であり、ロールにパンチされた穿孔から吸い込まれた空気の圧で鍵盤が押される仕組は変わることがなかった。空気吸引に電動モーターが用いられるようになるのは第一次大戦後であり、それまではピアノのペダルの位置に送風用の足踏み板があり、それを裁縫ミシンを踏むような要領でせっせと踏み続けることでピアノロールを回転させ、空気を吸引したのだそうな。自動ピアノといえども「人力」だったのだ。
両手で操作していたレバーは音の強弱と長音効果、さらにはテンポの調節を司る。したがって、ピアノの前に陣取る人は演奏者ではないものの、多少なりともピアノ演奏の「ニュアンス」や「演出効果」に関与することができるのだ。知らなかったなあ。行き届いた説明が聞けて幸いだった。
というわけで、ここだけですでに目から耳から鱗。
この楽器博物館は古今東西の鍵盤楽器、弦楽器、管楽器、打楽器の現物およそ千二百点をつぶさに見聞できる、音楽好きにはこたえられない魅惑の遊園地なのであった。何時間ここに居続けても飽きることがない。
帰りにミュージアムショップで面白そうなCDを見つけた。ここの蔵品である1830年製のプレイエル社のピアノの現物を用いた演奏なのだという。
浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ 9
ショパン:
ピアノ三重奏曲 ト短調 作品8
ピアノ協奏曲 第一番 ホ短調 作品11 (室内楽版)*
練習曲 ホ長調 作品10‐3 (室内楽版)*
ピアノ/小倉貴久子
ヴァイオリン/桐山建志、白井圭
ヴィオラ/長岡聡季
チェロ/花崎薫
コントラバス/小室昌広
2006年2月26日(実況)*、7月24日、アクトシティ浜松 音楽工房ホール
コジマ録音 LMCD-1828 (2006)
(まだ書きかけ)