グルダのバッハ・アルバムの感想の続きである。
"Gulda Plays Bach"
バッハ:
イギリス組曲 第二番
イタリア協奏曲
トッカータ ハ短調 BWV 911
イギリス組曲 第三番
旅立つ最愛の弟に寄せるカプリッチョ
グルダ:
前奏曲とフーガ
ピアノ/
フリードリヒ・グルダ1955‐69
Deutsche Grammophon 477 8020 (2008)
盛大な拍手とともにグルダが登場し、バッハについてひとくさり語ると間髪を入れず「イギリス組曲」が開始される。…と、こう書くとまるで一夜のリサイタルみたいだが、実際は年代も出自もバラバラの音源の寄せ集めアルバムなのである。
その「イギリス組曲」からして、1965年ベルリンでのリサイタル実況と、1966年の放送局スタジオ収録と、ふたつの異なったソースが継ぎ矧ぎされ、曲ごとにアコースティックが変化するので大いに興醒めである。
とはいうものの、演奏そのものは充実の極み。構えたところも気負いも一切なく、堰を切ったように流れ出す清冽なバッハ。ああ、なんと素晴らしい音楽なのだろう!
次の「イタリア協奏曲」でいきなりステレオになる。1970年ベルリンでの放送録音である由。これもしみじみと心に染み入る音楽だ。徒らに大仰になることを避け、淡々とした精神の戯れとしてのバッハを紡ぎ出す。
そしてハ短調の「トッカータ」。これは再びモノーラルで相当にひどい音質だ。旅先のトリエステでの演奏会をグルダ自身が簡便な機材で私的に録音したものだという。終始こもり気味だし、強音になるときまって音が割れるのが耳に障る。
ところが、なのである。
この「トッカータ」こそは大いなる驚きだ。なにしろ演奏がアルヘリッチにそっくりなのだ。音色やタッチの性質こそ異なるものの、ひたすらイン・テンポで疾走し、抑制の効いたピアニスティックな抒情を漂わす流儀が互いにさながら双子のよう。とりわけ後半のフーガに入ってからはテンポ設定まで瓜二つだ。
録音は1955年。それを知って深く頷いた。そうか、ユーレカ! わかったぞ!
1955年とは十五歳のマルタ・アルヘリッチがフリードリヒ・グルダの許に弟子入りした、まさにその年なのである。
アルゼンチン生まれのアルヘリッチは同じ南米の先輩クラウディオ・アラウに師事してもおかしくないのだが、彼女はそうしなかった。たまたま演奏会で聴いたグルダの「音楽の深さを知りながら、あえて深さを強調しないところ」がぞっこん気に入り、両親ともどもオーストリアに転居してきたのである。
それからの二年間、ウィーンで、ザルツブルクで、マルタはグルダの掌中の珠だった。グルダは彼女に興の赴くまま演奏させ、録音をとっては再生し、丁々発止ふたりで意見を戦わせた。二台ピアノで合奏し、グルダの合図の一声で互いのパートを瞬時に交替してそのまま弾き続ける、という練習法がたいそう効果的だったそうな。
察するに愛弟子は師匠の弾くバッハを日常的に聴いていたはずだ。間近につぶさに繰り返し耳にして、それがいつしか自らの血肉と化すほどに。後年マルタが弾くバッハのレパートリーがグルダとぴったり重なり合い、その解釈が瓜二つなのはその故に違いあるまい。グルダがアルヘリッチに似ているのぢゃない、その反対なのだ。彼女はまさしく師に忠実な一番弟子だったのである。
このCDのライナーノーツを書いたグルダの遺児パウルは、アルヘリッチが恩師の「平均律」の録音を評して呟いたという言葉を引用している。「彼は音楽の大海原を残してくれた…」。