昨夜、ホットカーペットに腹這いになり BBC Music 誌を捲っていて、ヘンデルの巻頭特集で演奏家諸氏の 「わが鍾愛の一曲」を紹介する頁が "By George!" と題されているのをみて、思わずニンマリ微笑んでしまった。
もちろん「ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル」は「ジョージ・フレデリック・ハンデル」でもあるのだから、「バイ・ジョージ」なのであるが、実はこの言い回しには含みがある。
試みに手元の電子辞書を引いてみると
by George [成句]
《英古略式》
(驚き・疑い・当惑・決意などを表して)いやはや、本当に、よし、ちくしょう
つまり「瞬発的な感情の迸りが思わず口に出た言葉」ということになろうか。「えっ、ほんとにそうなの? 知らなかったよ! オドロキだなあ! バイ・ジョージ!」てな具合に用いるらしい。ノエル・カワードの作中で登場人物がよく口にするし、今でも映画のなかでときおり耳にする成句だ。
英語にこういう言い回しがあるのを初めて知ったのは(たぶん)1976年のことだ。「バイ・ジョージ」という名のアルバムが発売されたのである。
Watts
By George!
"Andre Watts Plays George Gershwin"
1. Rhapsody in Blue
2. Three Preludes for Piano
3. 13 Songs from "The Gershwin Songbook"
Columbia M 34221
1976
ワイシャツにチョッキ姿というカジュアルな装い、葉巻を手にした青年が屈託ない笑顔を浮かべる。LPジャケットをここでお目にかけられず残念なのだが、右上に大きく WATTS その下に BY GEORGE! といかにも目立つように明記される。
これはアンドレ・ワッツ(ウォッツ)会心の名作である。バーンスタインの秘蔵っ子ピアニストとしてデビューし、リストやブラームスの大曲を弾いていた黒人青年が、思いがけずガーシュウィンを採り上げたのが新鮮な驚きをもたらしたのを思い出す。へえ~、あいつはガーシュウィンなんかも演るんだ、と。
「バイ・ジョージ!」というアルバム・タイトルはつまり、この新鮮な驚きの表明でもあったのだ、と三十数年後の今になってようやく気づく。
冒頭の独奏版「ラプソディ・イン・ブルー」も颯爽たる演奏ぶりだが、なんといっても随一の聴きものは、作曲者自ら独奏ピアノ用にアレンジしたご機嫌なヒット・メロディ・アンソロジー「ガーシュウィン・ソングブック」。頗る音楽的に奏された秀演なのだ。小生はこの魅惑的な小曲集の存在を本アルバムで初めて知った。
惜しいことに、ワッツは「ガーシュウィン・ソングブック」全十八曲のうち十三曲しか収録していない。なんと勿体ないことをしたのだろう。画竜点睛を欠くとはこのことだ。「なんともはや、ちくしょう By George!」と言いたくなる。
その後、この小曲集はずいぶんいろいろなピアニストたちが採り上げるようになったが、ワッツのように正攻法で音楽に向き合った演奏は多くないと思う。
もしカナダ系フランス人フランソワ=ジョエル・ティオリエ François-Joël Thiollier というピアニストの弾くCDをみつけたら、是が非でも手にして欲しい。洒脱にして清冽な、水際立ったガーシュウィンが聴けること必定である。ティオリエは言うまでもなく全十八曲を演奏している。
追記)
ちょうど一年前に全く同じ題目のエントリーで、そのティオリエ盤を紹介していたことが判明(
→ここ)。いやはや、おのれのワンパターンさ加減に呆れてしまう。