夕方、吉祥寺の中道通りを歩く。この先にある小さなギャラリーで林道郎さんのレクチャーを聴くつもりなのだが、開始時間までまだ小一時間ある。ならば途中で美味しい珈琲屋に立ち寄って一服しようと思ったら、肝腎のその店がない。跡形もなく消滅してしまっている。嗚呼。
その店は「かうひいや3番地」といった。いつも静かなジャズが流れていて、口髭を蓄えた寡黙なご主人が美味しい珈琲を淹れてくれた。手作りケーキが日替わりで一品だけあって、それも旨かった。
「かうひいや3番地」は、この場所に越してくる前、西荻窪と吉祥寺の間だったか、とにかく駅から遠く離れた住宅地のなかの公園に面した民家の一角にあった頃からずっと贔屓にしていた。もう二十年近く前のことだ。中道通りに進出してからも親しい友人と足繁く通ったものだが、さすがに当方が千葉に引っ越してからはすっかり足が遠のいた。
昨年二月、ずいぶん久しぶりにこの店を訪れたことがあった(
→ここ)。昔と変わらぬ上質な珈琲と落ち着いた雰囲気に安堵しつつも、ほとんど客がおらず閑散としているのが気掛かりだった。そのときご主人が「いつまで続けられるものやら…」と口ごもっていたのを想い出す。結局あれが最後になってしまった。
世に珈琲好きは多いものの、居心地の良い静かな珈琲屋を必要とする人間が少なくなってしまったのだろう。これも抗いがたい時代の趨勢なのか。
帰宅してからもずっと気が晴れない。今夜はマデリン・ペルーでも聴こう。
追記)
今ちょっとネットで調べたら、この店は昨年十月に閉店してしまったものの、鎌倉の長谷で同じ「かうひいや3番地」として再開している由。穏やかなご主人も、懐かしい「足踏みミシン」のテーブルも健在らしい。これはぜひ訪ねてみなければなるまい。