江古田は正しくは「えごた」なのだという。西武池袋線の駅名「えこだ」が間違いなのだそうだ。だから大江戸線の新江古田駅は「しんえごた」を名乗っている。
昨日はその江古田にちょっと所用があり、そのついでにさらに数分ほどの中野区江原町にある東京子ども図書館まで足を伸ばし、島多代さんの講演会を聴いてきた。毎年この季節になると、ここの図書館は往時の絵本挿絵をふんだんにあしらったカレンダーを刊行する。その絵本を提供し、解説文を執筆するのが島さんなのである。それに因んだ講演会も毎年行われている。今回でもう十二回目なのだという。
開演時刻は午後二時。二十分ほど前に到着すると、会場にはもう島多代さんがいらして投影画像のチェックをされていた。お目にかかるのは久しぶり。早速ご挨拶して無沙汰を詫びた。島さんには先年「幻のロシア絵本」展で一方ならぬお世話になった。稀少な絵本を何冊もお貸しいただいたし、東京展では講演会までお引き受け下さった。絵本収集・研究の大先輩にして大恩人なのである。
いきなり「ポクロフスキーのことがわかったのよ!」と切り出される。ポクロフスキーとは1920年代に活躍した挿絵画家で、マヤコフスキーの絵本『海と灯台についての私の本』(1927)に挿絵を寄せた人。この絵本は島さんが最も大切にされている一冊で、「幻のロシア絵本」展でもその稀少な一冊が出展された。その後、彼女はこの絵本を上野の国際子ども図書館のHPで紹介しようとして、どうしてもポクロフスキーの歿年がわからず、著作権継承者も判明せず、やむなく掲載をあきらめた、という経過があったのだ。「ついこの間、小野かおるさんから電話があって、わかったというのよ。1933年に亡くなっていたんだって。だから知的所有権はもう消滅していたのね」。「ああ、惜しいことをしましたね、掲載してもよかったわけですね!」と小生。
そうだったのか、子供たちに「暗闇を照らす灯台たれ!」と呼びかける絵本の作者がそれから数年の間に相次いで世を去ってしまったことになる。まさしく時代を象徴するような出来事だ。
会場でロシア児童文学者の松谷さやか女史にもお目にかかる。小生の論考が載ることになった近刊の『ユーラシア研究』誌の「ロシア絵本」特集で、彼女も寄稿されたというから楽しみだ。そういえば、少し前に韓国の絵本専門雑誌が「ロシア絵本」を特集した際、島さん、松谷さん、そして小生をそれぞれインタヴュー取材したのも不思議な縁である。
さて今回の島さんの演題(すなわち来年のカレンダーの題材)は英国のグレアム・ロバートソンが手掛けた二冊の絵本に因んでいる。
五月の朝の仮面劇 A Maque of May Morning (1904)
黄金、乳香、没薬 ほかの野外劇 Gold, Frankincense, and Myrrh (1907)
Walford Graham Robertson (1866‐1948)は倫敦に生まれ、サウス・ケンジントン美術学校でアルバート・ムアに師事。バーン=ジョーンズやビアズリー、オスカー・ワイルドと交わり、ラファエル前派のスタイルを継承しながら手堅い肖像画などを手がけた。エレン・テリーやサラ・ベルナールからも愛され、舞台美術の分野でも業績がある。手がけた子供の絵本は上記の二冊だけという。ウィリアム・ブレイクの挿絵本収集家としてもその名を残している。
島さんの講演はロバートソンの生涯のあらましから、ウィリアム・ブレークの詩画集へ(ここで松岡享子さんが『無心の歌、経験の歌』から壽岳文章訳で二篇を朗読された)、さらにはロバートソンと同時代の並行現象ということから、米国の大衆絵本の挿絵へと、話が輾転反側していき、面白いことは無類ながら到底ここで要約できるものではない。
二時間たっぷりの講演が終わり、名残惜しいのだが、次の予定があるので、売店でカレンダーを手にすると、そそくさと退出。外はとうとう小雨が降り出してしまった。小走りに停留所へと向かう。ほどなく中野駅行きのバスが来た。