十月下旬に国分寺まで遠出して最終日にようやく観る機会を得た「槿(むくげ)の画家 柳瀬正夢展」はいろいろ教えられるところが多い展覧会だった。以前から注目している柳瀬の児童書の分野での仕事には改めて興趣をそそられた。とりわけ、戦時下の出版物ながら、次の一冊に目を奪われる思いがした。
中谷宇吉郎
寒い国
~少国民のために~
岩波書店
1943
低温科学の専門家で、雪の結晶を初めて人工的に作ったことで知られる実験物理学者・中谷宇吉郎は、師である寺田寅彦の衣鉢を継ぎ、平易で上質な日本語により科学的思索のエッセンスを伝える優れたエッセイストでもあった。第二次大戦中、岩波書店の求めで、彼は「少国民のために」、すなわち当時の国民学校の生徒たちに向けて、『雷の話』(1942)と、この『寒い国』(1943)の二冊を上梓している。
迂闊にもこれまで気づかずにいたのだが、この『寒い国』には柳瀬正夢の手になる挿絵が数多く収載されている。とりわけ、柳瀬が何度も足を運んだことのある「寒い国」満洲での人々の暮らしを活写したスケッチが素晴らしいのだ。硝子ケース越しに眺めてうっとりした。
帰宅後さっそくネットで検索してみたら、安価で比較的容易に手に入る本であることがわかった。数日前に届いたので読んでみると、なかなかの名著である。
まず第一部「寒さとは何か」では、ジャングルと雪原、札幌と東京との比較から語り起こし、ナポレオンのロシア遠征の失敗とその理由、さらには当時まさに進行中のドイツ軍のスターリングラード攻略へと話題を転じ、さらには温度とか何か、熱とは何か、という根源的な問いかけへと進む。語り口は平易かつ流暢、美しく論理的な日本語に惚れ惚れする。
第二部「寒い国の衣食住」はいかにも時局を反映した内容で、樺太や満洲での人々の暮らしが、著者の見聞を織り交ぜながら詳しく記される。注目すべきは、中谷が「寒い国」での生活に馴染むことのできぬ日本人を鋭く観察していることだ。バラック同然の粗末な家を建て、大量の薪を燃料として消費してしまう愚かさを、「寒さに対する知識がない」、さらには「その知識がないことを恥とせず、平気で同じところに足ぶみしてゐる」とハッキリ指摘する。寒さなど精神力で打ち負かすべしとの主張に対しても、「『精神』といふ大切なものをかういふ場合に使ひ切つてよいものであらうか」とやんわり釘を刺す。そして、「日本人は『寒い国』の住民としてはまだ一年生」であるとして、「寒い国」の先輩としての白系ロシア人農家の暮らしぶりが丁寧に紹介されるのである。ここが柳瀬正夢の出番だ。
[…] われわれが寒さと闘はうとする場合に、ロシア人や満人の生活から学んだ方がよいと思はれる点は沢山ある。しかし、この本では一々それにふれてゐるわけにはゆかない。
そこで私は、柳瀬画伯のスケッチをこゝへ入れておかう。これらの絵の全部が本文と関係のあるわけではない。しかし、これらの絵は、われわれの最も関心をもたねばならぬ満洲国の或姿をよく描いてゐると思ふから、事情の許す限り沢山に入れたのである。
このあと九ページにわたって続く柳瀬の満洲スケッチ群は間違いなく本書の白眉であろう。それらを眺めるためだけでも、本書を手にする価値がある。
続く第三部「低温科学」は中谷の最も得意とする領域であり、雪と氷、樹氷と霜柱、永久凍土…と盛り沢山の話題が惜しげもなく開陳され、筆致は寺田寅彦ばりに闊達でウィットに富む。
本書が「五族協和」と「満蒙開拓」の時代に書かれたことを惜しむ。中谷の筆致はそんな時流におもねることなく、もっと普遍的で根源的な問題、すなわち人間とその生活にしっかりと根ざしているからだ。それは異民族に注がれた愛情たっぷりの柳瀬の眼差しとも共通するのではないか。
追記)
この本にそう明記されてはいないのだが、中谷宇吉郎に本書を書かせ、柳瀬正夢を巻き込み中谷に引き合わせたのは岩波書店の編集者で岩波茂雄の女婿でもある小林勇の仕業に違いあるまい。戦後、一部改訂を施して再刊された本書には、中谷の手で柳瀬の非業の死を悼む一節が書き加えられたという。