このところ新文芸坐に足繁く通い、新作旧作の上映チラシを手にした。そのなかで最も気になったのが法政大学の学園祭で催されるイェジー・スコリモフスキ監督作品の特集である。しかもそのチラシにもHPにも肝腎の上映作品名が明記されない覆面上映。ということは…ひょっとして…もしかしたら…おそらく…
期待を裏切られるかもしれないが、ダメモトで出向いてみた。はたして結果は密かに願ったとおり。1972年に日本でも封切られ、その後しばらく名画座でかかったきり、ずっと永く姿を消したままの幻の映画にようやく出逢えた。
イェジー・スコリモフスキ監督作品
早春 Deep End
1970年
イギリス・西ドイツ
脚本/J・スコリモフスキ、J・グルーザ、B・スリク
撮影/チャーリー・スタインバーガー
美術/トニー・プラット、マックス・オット・ジュニア
音楽/キャット・スティーヴンズ&ザ・キャン
出演/
ジェーン・アッシャー、ジョン・モルダー・ブラウン、クリストファー・サンドフォード ほか
この究極の青春映画については山田宏一さんが口を極めて絶賛していた。わが友人たちも口をそろえて褒めちぎった。生きているうちに一度は目にしたいものだと思いつめて三十数年になる。
十五歳の少年がバイト先で年上の綺麗なお姐さんに恋い焦がれた揚句、さんざん翻弄され、有頂天になったり、奈落に突き落とされたり。なにしろ彼女にはれっきとした婚約者がいるのだ。
少年を演じるジョン・モルダー・ブラウンも、お姐さん役のジェーン・アッシャーも、スウィンギング・ロンドンを代表する英国のアイドル。金髪の美少年のモルダー・ブラウンは人気絶頂で日本にもファンが多かったし、ジェーン嬢はかのピーター・アッシャー(「ピーター&ゴードン」のピーター)の実の妹で、ポール・マッカートニーの婚約者だったこともある。
それにしても、この映画のタッチは独特だ。軽妙であるとともに陰鬱。主演のふたりをはじめ、登場人物はずいぶんポップに造形されているのだが、舞台となるプール兼公衆浴場(といったらいいのか)は思い切り老朽化して薄汚い。おそらくロンドンなのだろうが、この街を表象するような場所は一シーンも写らない。
とことん都会的なアイドル映画になるはずのフィルムを、スウィンギング・ロンドンとは無縁だったに違いないポーランドからの新参者がぬけぬけと撮ってしまうという不思議さ。だが、その結果はちょっと比類のない bittersweet な作品となって残った。思い余った少年が「お姐さん」そっくりな看板写真を盗み出して、プールの水中で抱きしめる(しばしばスチルが紹介される有名な)シーンの、滑稽でもの悲しい、不格好で純粋無垢な美しさよ! ほとんどジャン・ヴィゴ的ですらあるこの夢幻的な水中シーンは、映画の最後にもう一度、もっと生々しい形で再現されることになるのだが、こればかりはフィルムを実見していただくほかない。
これほどの名作が今に至るまで再映される機会がないのは理不尽の一語に尽きる。千載一遇というべき今日の上映も、きわめて画質の悪いDⅤD(ヴィデオのダビング?)からの投影だったので、十全に味わったという気がしない。
併映は同じくスコリモフスキが米国で撮った第一作だという『灯台船(ライトシップ)』なる1985年のフィルム。ほとんどが繋留中の船上で繰り広げられる舞台劇さながらのドラマ。ジークフリート・レンツの小説が原作という。サイキックな海賊紳士に扮したロバート・デュヴォールの巧いことといったら!