今月はなんだか慌しく過ぎ、宮本立江さんとお目にかかる約束がなかなか果たせぬまま月末になってしまった。そこで今日で終わってしまうという展覧会をご一緒し、そのあと食事でも…という段取りに。待ち合わせ場所は西武国分寺線の「鷹の台」駅。小生の住む千葉からは二時間半かかる。待ち合わせ時刻は正午。
ちょうど定刻に改札で落ち合い、そのまま商店街を抜けて二十分ほど歩く。目指すは武蔵野美術大学美術資料図書館。ここでこんな展覧会をやっている。
槿の画家 柳瀬正夢展
槿(むくげ)とは、柳瀬が『無産者新聞』にプロレタリア漫画を描いている時代に、描画のとき好んで用いたというムクゲの枝に因むという。この植物はまた朝鮮半島に多く自生する植物であり、その枝を使用することで彼は朝鮮人民に連帯の意思を表明したのかもしれない(展覧会チラシに引かれた井出孫六氏の所説)。
柳瀬旧蔵作品を多数所蔵する武蔵野美術大学美術資料図書館が、1990、95年に続いて満を持して開催する第三回目の柳瀬正夢展。今回は彼の諷刺漫画、プロレタリア漫画、コミック漫画を中心にした展示だという。しかも会期はたいそう短く今日まで。おめおめと見逃すわけにはいくまい。
柳瀬正夢という人は、新宿駅の空襲で命を落とさなければ、戦後はどんなふうに活躍したのか、全く予断を許さぬほど才能豊かだった。筋金入りの左翼として公的には自由を束縛された状況下にありながら、かくも精神的に「自由」でありえたのだから、さぞかし…といつも虚しい反実仮想へと人を誘う存在である。以前、三鷹だったで展覧会を観たときそう実感させられたし、今日もまた同じ感慨を書き記してしまう。
今回の展示では、柳瀬の生涯に及ぶ漫画家としての仕事が通観される。大正期に雑誌『日本及日本人』に掲載した時事漫画や東京風景の闊達さ、柳瀬のみならず、多くの漫画家・挿絵画家が目撃した関東大震災後の混乱と流言飛語(竹久夢二の有名な「自警団ごっこ」の子供たちを描いた新聞漫画の現物を初めて観た)、日本共産党の合法時代の機関紙『無産者新聞』での活躍、ジョージ・グロスへの傾倒とその影響、『アサヒグラフ』と『東京パック』での時事諷刺、『読売新聞』日曜附録「読売サンデー漫画」での瞠目すべきカラフルなコミック漫画、逮捕・釈放後の夏川八朗名義での『よみうり少年新聞』におけるSF漫画、などなど。
初期のアヴァンギャルド画家としての試みや、舞台装置の仕事、七回にわたった満洲旅行の成果など、周辺情報への目配りもぬかりがない。1930年代後半の『コドモノクニ』『子供之友』での仕事もちゃんと紹介される。
一時間半ほどかけてじっくり鑑賞。それでも全部を観きれたとは到底いえない。柳瀬の溢れんばかりの才能にただただ圧倒され、フラフラになる。
裨益するところが大きそうな懇切なカタログ(ただし誤植が散見される)を購め、大学近くの落ち着いた Sepia という店で美味しいカレーと珈琲とチーズケーキをいただく。そして宮本女史と積もる四方山話。
夕方近くなったので、もと来た道を引き返し、鷹の台駅そばの「松明堂書店」に立ち寄る。宮本さんの話では、ここは松本清張のご子息がやっている店だといい、道理で品揃えが抜群にいい。小さな店なのに面白そうな本がやたら目につく。いろいろ物色した末、今日が発行日だという新刊書を一冊購める。
山根貞男
マキノ雅弘──映画という祭り
新潮社
2008
(まだ書きかけ)