昨日は遅くなったので、ごく簡単な報告のみだったが、新宿でたまたま見つけて帰りの車中で聴いたCDがたいそう良かった。妙に心に染みたのだ。
"Pjotr I. Tschaikowsky: Souvenir de Florence"
チャイコフスキー:
「懐かしい土地の思い出」Sulchan Zinzadse 編曲
「フィレンツェの思い出」リアナ・イサカーゼ編曲
ヴァイオリン・指揮/リアナ・イサカーゼ
グルジア室内管弦楽団1992年9月、ミュンヘン、バイエルン州立放送局スタジオ
Orfeo C 307 921 A (1992)
こんな演奏が存在すること自体、寡聞にして知らなかった。
リアナ・イサカーゼの名は1970年代はじめ熱心に音楽を聴いていた世代には懐かしい。1970年に「シベリウス国際コンクール」で優勝、同年の「チャイコフスキー国際コンクール」では三位入賞を果たした俊才として脚光を浴びたからだ。
この年のチャイコフスキー・コンクールはやがて名を轟かせる名手たちが犇めきあっており、ヴァイオリン部門では一位がクレーメル、二位がスピヴァコフと藤川真弓、そして三位がイサカーゼだった。チェロ部門ではわが岩崎洸を抑えてゲリンガスが優勝し、声楽部門ではオブラスツォーワが栄冠を勝ち取った。
その特徴的な苗字からわかるように、イサカーゼはグルジア女性である。出身はチフリス(トビリシ)。当時は「ソ連邦を代表する若手」という遇され方だったようだが、やがて1980年代に入ると彼女は郷里を活動の拠点と定め、グルジア室内管弦楽団の指揮者に就任した。ヴァイオリンを弾きながら、ときには楽器抜きでの指揮も行ったらしい。クラシック音楽からすっかり遠ざかってしまった小生は、この時期の彼女のことは何ひとつ知らない。
本CDはそのイサカーゼが手兵を率いてミュンヘンで録音したもの。実は彼女もグルジア室内管弦楽団も1990年から本拠地をドイツのインゴルシュタットに移しており、それから間もなく収録されたものとおぼしい。チャイコフスキーの「フィレンツェの思い出」は周知のように弦楽六重奏がオリジナルだが、ここではイサカーゼ自身の編曲になる弦楽合奏版が奏される。特にヴァイオリンのソロが目立つわけでないので、彼女は指揮に専念している様子。アンサンブルの精度は今ひとつかもしれないが、共感に満ちた歌心が横溢した秀演だと思う。
「懐かしい土地の思い出」のほうはヴァイオリンとピアノのための同名の小品集(作品42)に「ヴァルス・スケルツォ」作品34と「憂鬱なセレナード」作品26を付加して五曲の組曲に仕立てたもの。グルジアの作曲家でチェリストのスルハン・ツィンツァーゼ(Sulkhan Tsintsadze という綴りが一般的か)が1989年にヴァイオリン独奏と弦楽合奏用にアレンジしたヴァージョンが用いられている。
こちらがそう思い入れて聴くからなのだろうか、異郷の地でグルジア人たちが奏でる音楽には切々たる郷愁が満ちていて、ちょっと涙が出そうになる。甘美でセンチメンタルな旋律の陰に深い陰影が宿っていて、心を締めつけるのだ。
ほぼ同時期に彼らはタクタキシヴィリほかのグルジア現代音楽を集めたアルバムや、ティグラン・マンスリアンのヴァイオリン協奏曲なども録音しているらしい。いずれ耳にしてみたいものだ。
グルジア室内管弦楽団はインゴルシュタットを拠点に今も演奏活動を続けているようだ(HP情報による)。イサカーゼは2000年以降は同楽団と袂を分かち、その後は演奏・教育の両面で活躍しているらしい。グルジアを遠く離れた彼らは、混乱を極める故国の動静に果たしてどんな思いで接しているのだろうか。