北京五輪も今日で終わってしまう。
さして興趣をそそられる競技があるでもなく、家人に付き合ってなんとなくTVを観ていたら、観客席から「加油! 加油!」の大声援がスタジアムに響きわたるのを何度となく耳にした。
もう先刻ご承知かもしれないが、これは「頑張れ!」という意味の掛け声で、発音は jiāyóu 「ジャーヨウ」。「ジャー」を高く平坦に響かせ(第一声)、「ヨウ」は低音から高音へと尻上がりに発声する(第二声)。「j」の音は濁音の「ジ」よりももっと柔らかく、濁音と清音の中間ぐらいの気持ちで発音するといい。
昔々、一年半ほどだが中国語を学んだことがある。まずNHK・TVの中国語講座で入門編を学び、大学一年の時分、週一回だが「中国語初級」の授業に出た。先生から「君は発音がいいネ」と褒められたこともあった。
実をいえば、高校三年の頃に通学途中のバスで遭遇し、片思いで秘かに憧れていた美少女が二松学舎大学へ進学し、「中国語を勉強して日中交流の懸け橋になりたい」と語っていると人伝てに聞き、それに触発されて、「それなら僕も」とばかりに勉強を始めた。要するに不純な動機からの語学習得だったのである。
結局そのあと彼女への想いは全く実ることもなく、小生の中国語熱もそれきり沙汰止みになった。日中国交回復前夜、1970年代初めのことである。
中国語を耳にすると、今でもほろ苦い感慨を禁じえない。もうあらかた忘れてしまったが、それでもなお
中国人民和日本人民是好朋友。(中国人と日本人は親友同士です。)
とか
百货大楼在哪里?(デパートはどこにありますか?)
とか、
さらには「有没有~?」(~はありますか?)「知道不知道~?」(~をご存じですか?)といったフレーズは今も口をついて出るし、折りから文化大革命のさなかとあって、「服务人民」(人民に奉仕する)「造反有理」(反逆する理由がある)などの四字熟語も教科書にあった。
それからの人生で中国語を用いるのは、レストランで食事後に「我吃饱了」(お腹いっぱいです)とか「很好吃」(とてもおいしかった)と声をかける程度。もうすっかり錆びついてしまった。
ところで「加油!」のことであった。なぜ「頑張れ!」が「加油!」なのか。
いろいろ調べたのだが、これがさっぱりわからない。「加油」には「(ガソリンを)給油する」の意味があり、そこから「活力を注入する」「喝を入れる」の意味が派生したと、(少なくともネット上では)取り沙汰され、了解されているようだが、これはちょっと疑わしい。
「頑張れ!」の意味の「加油!」は中国近代化以前から用いられていた成句と思われるのだが、それに対し「給油する」という意味は比較的近年になって生じたと推察されるからだ。
中国料理には古くから「加油添醋」の成句がある。文字どおり「油を加え酢を添える」の意だが、ここから「話に尾鰭をつけ膨らませる」という意が生じた、と手元の辞書にある。ちなみに「火に油を注ぐ」も「火上加油」と表現するらしい。
察するに、「加油」は「(調理に)油を注入する」の意が本義であり、「(活力の源である)食用油を注ぎ入れる」という意味から、「加油打气」(励まし元気づける)「加油助威」(声援する)「一起加油吧」(さあ、頑張ろう)といった一連の表現が生じた、と考えたほうが理に適っていよう。何しろ四千年の歴史を有する料理大国なのだから。