昨夕から急に過ごしやすくなり、今日は外を歩いても苦にならない。
日比谷に早く着き過ぎたので、信号を渡って日比谷公園へ。松本楼の前の大銀杏のあたりでベンチに腰掛けて小休止。耳を聾せんばかりの蝉時雨を全身に浴びつつ、細野晴臣の「夏なんです」を口ずさむ。もっとも傍らには家人がいるので、声には出さず心のなかでそっと。
今日は日生劇場まで芝居を観にきた。
夏休みとてご家族向け企画の一環として、このような上演がある。これを見逃すことはできない相談だ。
日生劇場 国際ファミリーフェスティバル2008
日生劇場+文学座 ファミリーステージ
15:00- 日生劇場
トムは真夜中の庭で
原作/フィリパ・ピアス
翻訳/高杉一郎
脚本・演出/高瀬久男
音楽/川崎絵都夫
照明/奥畑康夫
衣裳/前田文子
出演/島田達矢(トム)、海津更・松山愛佳(ハティ)、倉野章子(バーソロミュー夫人) ほか
20世紀英国児童文学の名作というにとどまらず、タイム・トラヴェラー小説としても、異界への旅を扱ったファンタジーとしても、時をめぐる哲学的な物語としても、さらには究極の恋愛小説としても読むことが可能な、世代とジャンルを超えた不滅の傑作である。その含蓄の深さは子供にはちょっと荷が勝ち過ぎているかもしれない。
岩波から高杉一郎の翻訳が出たとき、高校生だった小生はたちまち魅了された。のちに英語でも繰り返し読み、なんと仏訳まで手に入れたが、さすがにこれは未読。
せっかくの夏休みなのに、弟ピーターのはしかが治るまで、おばさんの家にあずけられたトム。おじさんとおばさん、それに大人だけの家は退屈で、トムは真夜中になっても寝付けません。
すると玄関の大時計が夜中に13時を打ちました。
「そんなバカな!」。トムが階下に降りていくと、昼間は鍵がかかっていたはずのドアが開いています。
そっと外にでてみると、そこには美しい庭が…。その庭でトムは少女ハティと出会います。そして、毎晩ハティと遊ぶようになりますが、不思議なことに、庭は昼間だったり朝早くだったり、夜だったりする。
ある日トムは気付くのです。この庭はどうやら「こちら側の世界」が昼のあいだには存在しないということに。
それでも毎晩トムは真夜中の13時になるのを待って、庭園に出ていきます。そこでトムが見たものは…。
プログラム冊子の「あらすじ」から。一部加筆して引いた。こういう物語なのである。
今日は妹と、その子供たちふたり、それにわれわれ夫婦の五人並んでの鑑賞。
小生にとっても、妹にとっても、『トムは真夜中の庭で』を舞台で観るのはとてもスリリング。子役(トムとハティ)だけではドラマが成立しないだろうし、室内(トムが閉じ込められている寝室、大時計のある階段室)と戸外(ドアの外の庭園)との往還を、舞台上でどう表現するかも難題だ。
脚本・演出の高瀬久男は思い切った策を講じた。
原作ではほんの脇役である、はしかに罹って自宅で伏せっているトムの弟ピーターを、物語全体の「語り手」として、頻繁に舞台に登場させたのだ。
(まだ書きかけ)