用事があって東京へ出たあと、池袋のジュンク堂であれこれ新刊書を物色。
待ち合わせた友人の到着まで、まだ時間がたっぷりある。美術、音楽、演劇書の各コーナーをじっくり見て歩き、映画の棚のところでハッとして立ち止まる。一冊の本の背文字に目が釘付けになった。
冬のつらさを──加藤泰の世界
こんな本が出ていたことを迂闊にも知らなかった。奥付を見ると、「2008年6月17日 第一刷」とある。
もっと早く気付くべきであった。できれば刊行日のうちに読了したかった。
もう一度、書誌データをきちんと記そう。
鈴村たけし
冬のつらさを──加藤泰の世界
ワイズ出版
2008
加藤泰の名をずいぶん久しぶりに目にするような気がする。彼のフィルムを最後にスクリーンで観たのはいつのことだったろう。
冒頭に掲げられた「おもいでの加藤泰」という文章のなかで、著者の鈴村さんは「加藤泰という日本映画の大恩人は不当に冷遇されてきた。映画会社からも、映画マスコミからも」と憤慨したうえで、『キネマ旬報』誌の年間ベストテンに、加藤泰作品がただの一度も入選していないと指摘する。ベストワンではない。ベストテンにすら入らなかったのだ。
鈴村さんの真に偉大なのは、この許しがたい事態をただ慨嘆し、手をこまねいているのではなく、自ら創設した「ヨコハマ映画祭」の第三年目の1981年、加藤監督に「特別大賞」を与えたところにある。同時受賞は高倉健。こちらはまあ、当然すぎる人選だったろう。
この受賞を心から喜んだ監督は、授賞式当日、小型8ミリカメラを片手に遙々京都からやってきた。開口一番、監督はこう言った。
「健さんは来られますか?」
加藤さんは僕に訊ねられた。
「いや、『海峡』という映画のロケ中で、今日も撮影中のため、残念ながら出席はご無理みたいで、代理に田中寿一プロデューサーがお越しになります」と答えた。
加藤さんは、「うん、うん」と何事もなかったように頷かれたが、高倉健さんと会うことを楽しみに来られたのだなと思い、僕は身を縮めた。
表彰式の時間になった。他のすべての受賞者はすべて揃った。健さんの代理の田中プロデューサーだけがまだ来ない。
仕方がない、表彰式を始めようと決断した。
そのときだ。舞台の袖に皮ジャン姿のひとがヌーッと現れた。
…と、ここまで立ち読みしたところで、待ち人がようやく姿を現した。