明日が締め切りの原稿がまるきり捗らない。
またもや書き出しで暗礁に乗り上げてしまった。キーボードにしがみついていても何ひとつ妙案が浮かばないので、いけないことと知りつつ、現実逃避を試みる。
気がついたら京橋のフィルムセンターの座席に腰掛けていた。
女優
1947年 東宝
監督/衣笠貞之助
出演/山田五十鈴、土方与志、赤木蘭子、三島雅夫、進藤英太郎、志村喬、北沢彪 ほか
六月初めからやっている特集「スターと監督 長谷川一夫と衣笠貞之助」、終盤に差し掛かってようやく観る機会を得た。標題の「女優」とは、新劇黎明期におけるパイオニア、松井須磨子のことである。
松井須磨子を山田五十鈴が演ずる!
島村抱月に扮するは、なんと土方与志!
それを衣笠貞之助が演出するというのだから、見逃すわけにはいくまい。
この映画は以前から観たいと念じていた。一年半ほど前にフィルムセンターで溝口健二の『女優須磨子の恋』(1947)という映画を観たとき、ヒロインを演ずる田中絹代がミスキャストだったのに落胆し、思わず「これが山田五十鈴だったら良かったのに」と口走ってしまった(→
ここ)。実はこの溝口のフィルムは、本日上映の衣笠作品と同じ年、同じ松井須磨子の生涯(女優への道、演出家との不倫愛、後追い自殺)を題材に、競作の形で作られている。
山田五十鈴はまさに嵌り役。冒頭いかにも「山出し」の小娘然として登場し、みるみる女優としての輝きを身につける演技が素晴らしい。相方の抱月役が土方与志というのも凄い。なんたってあの築地小劇場の創立者、「日本のメイエルホリド」にして、「赤い伯爵」の異名をとった土方与志その人の動く姿が見られるのだ。控えめな渋い演技が光っている。
残念なのは衣笠演出に冴えが感じられないこと。いかにも「お芝居を場面ごとに繋げてみた」という作りもの感がつき纏うはどうしたことか。登場人物をただ外側から眺めているだけという印象が最後まで払拭できなかった。これが衣笠スタイルなのか。
須磨子と抱月を除いた登場人物がすべて仮名(明らかに坪内逍遙とわかる人物は「大久保博士」)なのは、関係者がまだ存命なので差し障りがあったのだろう。なにしろ、須磨子の自殺からわずか三十年足らずで撮られているのだ。
溝口作品では、最愛の男性を喪って悲嘆のあまり命を絶つという顛末だったと思うのだが、こちらでは、芸術座関係者がよってたかって彼女を除け者にし、窮地に追い込んだ挙げ句の自死、という解釈。このあたりにも差し障りの原因があったとおぼしい。
うろ憶えで恐縮だが、撮影当時、衣笠監督と山田五十鈴とは恋愛関係にあったはずだ。そのわりにはヒロインに眩い輝きや強烈な存在感が不足している。これが溝口やマキノ雅弘だったら、決してこんな風には演出しまい。このあたりが衣笠の限界なのかも。
帰宅して夕食を済ませたあとは、執筆の続き。どうにも調子が出ない。明日の締め切りは守れるだろうか。