一昨日たまたま見つけた新刊書に大いに啓発された。読了したので、早速ご紹介したい。
こういう興味深い本だ。
津野海太郎
ジェローム・ロビンスが死んだ——ミュージカルと赤狩り
平凡社
2008
津野海太郎さんはかつて晶文社の敏腕編集者として、さらには「黒テント」の関係者として、本と出版メディア、文化万般にかかわる幅広いお仕事で知られる。小生は彼の旧著『滑稽な巨人——坪内逍遙の夢』(平凡社、2002)を面白く読んだ憶えがある。
さて、この本はちょっとした驚きだ。津野さんとジェローム・ロビンズという取り合わせが意外だったからである。ブレヒトやワイルならともかく、『踊る大紐育』(1949)や『ウエスト・サイド物語』(1961)といったミュージカル映画の振付家として名高いロビンズについて、彼がこだわるのがちょっと奇異に思われたからだ。
だが、その理由は冒頭すぐに明かされる。1938年生まれの津野さんは、戦後間もなくのアメリカ文化の大氾濫を身をもって体験され、映画『踊る大紐育』で水兵たちがニューヨーク市街で唄い踊るシーンで心ときめかせた世代だったのである。どうやら、それから十年ちょっとのMGМ=アーサー・フリードの天然色ミュージカル(『イースター・パレード』『バンドワゴン』『巴里のアメリカ人』)は彼の青春時代に決定的な影響を及ぼしたらしい。その一連のアメリカ&ミュージカル体験の劈頭としんがりとに、なぜかジェローム・ロビンズの名が忘れがたく付き纏っている…どうやら、そういうことだったらしい。
標題(これはちょっと感心しないのだが)が明かすように、本書は1998年、新聞に載ったロビンズの小さな死亡記事を津野さんが見つけ、そのあとインターネットで彼のことをいろいろ検索したことに端を発する。その過程で、思いがけない事実が露呈する。
ロビンズは「赤狩り」の時代、多くの演劇・映画関係者とともに共産党シンパとしての過去を問われ、下院非米活動委員会に召喚された際、かつての同志の名を証言する「友好的証人」だった。すなわち、彼は仲間たちの名を「密告」することで保身を図り大成した、恥ずべき「裏切者」のひとりだったというのである。
エリア・カザンがまさにそうした人物として、数十年後の死に到るまで、「後ろめたい過去」を払拭できなかったことは周知のとおり。でも、ジェローム・ロビンズもそうだった、というのは小生は初耳だ。事情は津野さんにとっても同じだったといい、「ロビンズよ、お前もか、それにしても何故…」という問いかけから、本書の執筆を思い立った。
第二次大戦直後から50年代半ばにかけて、将来を嘱望された多くの演劇人・映画人がその左翼的心情ゆえにアメリカ国家から弾圧され、そのキャリアを台無しにされたことは、それに少し先立つソ連におけるスターリン粛清とともに、20世紀の文化人が遭遇した多くの試練のうちの最大のものだった。
ジョゼフ・ロージー、ドールトン・トランボ、ジュールズ・ダッシン、エドワード・ドミトリク、ダシール・ハメット、そしてブレヒトとチャップリン。
彼らが味わった煩悶とその後の苦渋に満ちた人生は、20世紀という過酷な時代に生きる芸術家をまさしく体現している——このような痛切な思いは、かつてシドニー・ポラック監督作品『追憶 The Way We Were』やらフレッド・ジンネマン監督作品『ジュリア Pentimento』やら、リリアン・ヘルマンの回想『眠れない時代』やらを通して少しずつ形をとり、蓮實重彦によるジョゼフ・ロージーへのインタヴューを読んだとき(1981年、もう四半世紀も前のことだ)初めて確信へと高まり、その後、陸井三郎さんの画期的な名著『ハリウッドとマッカーシズム』(筑摩書房、1990)を精読し、上島春彦さんの労作『レッドパージ・ハリウッド——赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝』(作品社、2006)を読むことでますます深まった。最後の一冊については、かつてレヴューを試みたことがある(
→ここ「タフでなければ生きられない」)。
東であれ西であれ、社会主義・資本主義の如何を問わず、心ある誠実な知識人や芸術家は繰り返し国家権力によって弾圧され、かけがえない生命やキャリアを奪われ、否応なくその良心のありかを問われる試練に遭遇した。「私たちは20世紀に生まれた」というとき、20世紀とはそのような過酷な時代を意味しているのである。
津野さんはまず、エリック・ベントリーの著作から、1953年5月5日にニューヨーク連邦裁判所で行われたロビンズの証言を引用し、彼が率先して自らの過去(共産党に入党し、四年ほどとどまったこと)を告白し、
あなたが共産党員やその同調者として知っている人の名前をあげてください。
との質問に、あっけないほど簡単に、なんの戸惑いもなく、かつての友人・同志たちの姓名をすらすら挙げてしまう。これがいわゆる naming names である。
そのあと、津野さんはグレッグ・ローレンスの『ジェローム・ロビンズ伝』ほか数冊の評伝を読みながら、ロシア系ユダヤ移民の子(本名ジェローム・ラビノヴィッツ)として生まれ育ったロビンズが、やがてダンサー、そして振付家、演出家として頭角を現すまでを丹念に跡付ける。その筆致には彼に対する共感と思い入れがたっぷり溢れていて出色だ。
ロビンズは当時のアメリカで排斥されていた「非米」的な三つの悪条件を併せもっていた。
すなわち「ユダヤ移民の子」「社会主義者」「同性愛者」の三つである。
実はこうした「三重のマイノリティ」を一身に抱えていた若者は、ロビンズの周辺には少なからずいた。レナード・バーンスタイン、アーサー・ローレンツ、アドルフ・グリーン。それからバーンスタインの師匠格のマーク・ブリッツスタインとエロン・コープランド。彼はこうした交友関係と文化的環境のなかで成長し、ニュー・ディール時代の申し子として、いわば不可避的に共産党シンパになったと考えられる。ロビンズが「友好的証人」として仲間を裏切るに到った背景には、当局から「協力しないと、お前の同性愛関係を公表するぞ」との脅しがあったに違いない、と津野さんは推測する。
このあたりから、著者の筆はしばしばロビンズ個人を離れて、彼の周囲で活躍した同世代の人々、すなわちゼロ・モステル、ダニー・ケイ、レナード・バーンスタイン、ジーン・ケリーらの生い立ちとそれぞれの人生行路へと入り込んでいく。いずれもロビンズとの関係の浅からぬ盟友であり、大恐慌からニュー・ディール、そして戦争、マッカーシズムへと続く時代を共に生きた同志たちだった。
残念なことに、複雑に絡み合い、互いに深く係り合ったこれらの人物模様のなかから、ロビンズの人生を逆照射しようという津野さんの企ては、必ずしも成功したとはいえない。本書はよくいえば同時代を生きた人々の「集団史」なのだが、錯綜した糸が最後までほぐれぬまま、呆気なく終わってしまう憾みがある。これはよほどの資料収集と強靭な筆力を要する力技であり、津野さんのナイーヴな語り口ではどうにもならなかったとおぼしい。
というわけで、後半がいささか期待外れの尻切れ蜻蛉に終わったのが悔やまれるが、ロビンズというひとりの稀有な人間を縦糸に、20世紀アメリカ芸能界の複雑な様相をさまざまに描き出した点に、この本の独自の存在意義があろう。陸井三郎、上島春彦の先行する二作には遠く及ばぬものの、この時代をざっと概観する入門書として、裨益するところの少なくない本だ。