(六月二十七日のつづき)
肝心なことを言い忘れていた。借用する美術品には必ず保険をかけねばならない。
貸し出した作品が何かの拍子で破損するかもしれない。脆弱なものを数千キロも移動させ、飛行機に載せ、トラックに揺られて旅させるのだから、危険は常につきまとう。展示作業中の事故や、展覧会開催中に傷つけられる惧れだってある。
だから保険をかける。傷ついたら修復を行うための費用をそこから捻出する。もし、不慮の事故などで作品が失われることがあったら、弁償の意味から評価額の全額が所蔵者に支払われる。
当然のことながら、保険の掛け金はその作品の評価額の多寡に比例する。
海外からの美術品貸出の場合、保険の料率は作品評価額の0.15 %前後が一般的とされてきた。少なくとも小生の在任中はそうであった。もし、一億円の値打ちがある作品を借りる場合、十五万程度の掛け金を保険会社に支払う。もちろん「掛け捨て」である。
なんだか大した金額ではないように思われるかもしれないが、そんなことはない。
モネやルノワールの場合、それなりの質を備えた作品であれば、評価額は軒並み十億、二十億は下らない。場合によれば一点五十億という作品だってある。
展覧会全体でみると、「綺羅星のように名作が並ぶ」好ましい状態を現出させるには、総額で数百億円に上る作品を並べねばならない。これが大規模美術展の宿命なのだ。
仮に総評価額が五百億円だったとすると、保険料はざっと七千五百万円。何度も言うが、これを保険会社に「掛け捨て」で支払わねばならない。無論それは馬鹿にならぬ出費である。
われわれが展覧会場の窓口で支払わされる千数百円の入場料の、かなりの部分がこの保険料支払いに充てられている事実を、ほとんどの美術ファンは意識すらしていない。だがこれが紛れもないニッポンの現実なのだ。
今わざわざ「ニッポンの現実」と書いたのは、欧米ではそうではないから。
もうかなり以前から、アメリカやイギリスやフランスでは借用作品への損害補償を保険会社ではなく、国家が引き受けるというシステムが機能している。何か被害が生じたら、国が責任をもって支払いに応ずるという制度である。これを「美術品国家補償制度」という。つまり、展覧会開催にあたり、彼らは保険料を支払っていないのである。MoMA や Tate や Pompidou で信じがたい規模の展覧会が開けるのも、この制度があるお蔭なのである(それだけが理由じゃないけれど)。
翻ってわが国はといえば、展覧会主催者が保険料の支払いに汲々とする。せっかく借りられるはずの作品を、評価額の高さ故にみすみす諦めるような事態があちこちで起こっている。
さて、なんの話だったかといえば、2000年に一点のマレーヴィチ作品(スプレマティズム絵画)がオークションで二十億の高値で売却されたという話題だった。
これからマレーヴィチの展覧会を立ち上げようとする日本人にとって、このニュースはできれば耳にしたくなかった。マレーヴィチを所蔵する世界中の美術館が、こぞってその推定評価額を吊り上げる契機となることが容易に想像がついたからである。
もしもマレーヴィチ作品に軒並み十億、二十億という評価額が付いてしまったら…。
「マレーヴィチ展」には「モネ展」「ルノワール展」「セザンヌ展」に優るとも劣らぬ莫大な保険料が発生することは、火を見るより明らかなのである。
展覧会歳入の大部分は入場料収入によって賄われる。だから主催者はやっきになって広報宣伝にこれ努めるのだが、マレーヴィチともなれば集客にも自ずと限界があろう。どう考えても入場者数は印象派の画家たちの回顧展に遠く及ばまい。二割か三割か、下手をすると一割にも満たないかもしれない。
それでも展覧会をやるのか。やれるのか。
そしてほどなく、運命の2001年9月11日がやってきた。
(次回につづく)