たまさかの東京への往還の車中ではペーパーバックを鞄に忍ばせる。
いつも何冊かを並行して読んでいるので、なかなか読了には至らないのだが、昨日読み終わったケン・ラッセルの小説をちょっと紹介しておこう。
Ken Russell
Elgar: The Erotic Variations & Delius: A Moment of Venus
London: Peter Owen Publishers, 2007
このうちの後半部分、「ディーリアス: ヴィーナスの瞬間(とき)」と題された五十数ページの中篇である。
ケン・ラッセルの最高傑作は、彼が1968年にBBC・TVのために撮った伝記映画『夏の歌 Song of Summer』であると信じて疑わない小生にとって、この小説はいわば彼の「二本目の」ディーリアス伝であり、四十年前の名作に付け加えられた補遺にして註釈である。
全篇は十五のセクションに分かたれ、それぞれはディーリアスの生涯のさまざまな場面を扱った二~四ページの掌篇をなす。各章のタイトルだけでも書き写そう。
I. Eventyr (Once Upon a Time)
II. North Country Sketches
III. Florida Suite
IV. Paris: The Song of a Great City
V. Life's Dance
VI. Brigg Fair
VII. Over the Hills and Far Away
VIII. On Hearing the First Cuckoo of Spring
IX. Song of Summer
X. Song of the High Hills
XI. Summer Night on the River
XII. Requiem
XIII. The Walk to the Paradise Garden
XIV. Double Concerto
XV. In a Summer Garden
世のディーリアン(ディーリアス好き)には堪えられまい。すべて彼の楽曲から採られたタイトルだからだ。読まずにはいられなくなる。
そのすべてを紹介するわけには参らぬが、冒頭の数章はこんな具合である。
第一章「むかしむかし」では、ノルウェイの劇場でイプセンの『ペール・ギュント』の上演に接した中年のディーリアスが、ゆかりなくも彼自身の幼少期を回想し、ドイツ出身の父が話してくれた御伽噺に思いを馳せる。
第二章「北国のスケッチ」は、思春期のディーリアス(まだドイツ風に「フリッツ」と名乗っていた)が、実の妹クレア(クララ)に寄せる淡い恋情(かすかな近親相姦)を鮮やかに描き出す。
第三章「フロリダ組曲」は、実業家の父の命で渡米し、南部のプランテーション経営を任された若き冒険の日々を点綴する。
第四章「パリ: 大都会の歌」の舞台は、一転して爛熟した世紀末デカダンスの坩堝。画家ロートレックとの奇妙な友情が語られる。
第五章「生命のダンス」では画家ムンクとの因縁の交友が語られる。両者には同題の絵画と楽曲がある。その絵を見せられたディーリアスは画家にこう言い放つ。
「この絵からは音楽が聴こえる。題名は決めたかい?」
「推ててみたまえ」
「生命のダンス」
「君はなんでもお見通しだなぁ」
さすがにケン・ラッセルは映画作家だ。すべてのエピソードに艶めかしい映像喚起力があり、そのまま映画の一場面になってしまいそう。もしや、監督には実際にディーリアスの生涯をもう一度映画化しようという腹案があったのかもしれない。それほど各章のイメージは鮮やかなのだ。
(まだ書きかけ)