連載原稿が半分近くできたところで、家を抜け出し、いそいそと錦糸町へ。
ちょっと敵前逃亡の気分である。今夜この街でセルゲイ・シェプキンのピアノ・リサイタルがある。昨春、このホールでバッハの「ゴルトベルク変奏曲」を弾いて話題になったロシア人である。あまりにも評判がよいので、再来日してまた同曲を取り上げるのだという。
昨日になって電話予約した席は悪くない。二十五列目のほぼ中央。
19:00- すみだトリフォニーホール
ピアノ/セルゲイ・シェプキン
バッハ:
イタリア協奏曲
パルティータ 第二番
ゴルトベルク変奏曲
印象を一言でいうと、「それほどの人なのかなあ」が正直なところだ。
さすがに「ゴルトベルク」は手の内に入った演奏だが、この曲をピアノで弾く以上はグレン・グールドの新旧の録音や、マリヤ・ユージナ、高橋悠治の途轍もない高みや深みに到達した演奏と比較される覚悟がなければならない。シェプキンの演奏は「バッハをなぜピアノで弾くのか」を徹底して突き詰めてはいない気がする。なんというか、飛び抜けたところがなく、ほどほどにピアニスティックなのだ。グールドばりに小気味よく響く箇所とペダルを多用した常套的な響きとが混在し、タッチの粒だちにも不満が残る。
前半の二曲はさらに悪く、恣意的なフレージングがたいそう耳障り。パルティータを聴くと、「この人は本当にバッハ弾きなのだろうか」という疑念が沸いてくる。アルヘリッチの天衣無縫な解釈のほうがどれほどバッハの真髄を捉えているか知れない。
そんなわけで、かなり失望した演奏会だったが、それでも「ゴルトベルク」を生演奏で息を顰めて聴く体験はスリリングこのうえない。昨秋ここで同曲をミカ・ヴァユリネンのアコーディオンで聴いたときの感動をふと思い起こした(レヴューは
→ここ)。
JRを四本乗り継いで帰宅。赤い下弦の月が中空に懸かっていた。
さあ、これから原稿の続きを書かねばならない。今夜はきっと徹夜になりそうだ。