▲蓄音機近代樂音樂會▼
兼第一回音樂茶話會
管絃楽の不完全なる本邦に於て近代の交響楽的楽曲の真価を味はんと欲する者は蓄音機に拠るの外、他に方法を求むべからず。こゝに於て当社は左記の如き蓄音機近代楽音楽会を開催して、欧米の著名なる管絃楽隊の演奏に成る各種の名曲を博く好楽家の清聴に資せんとす。曲目左記の如く、其の内容の清新、超凡なるは敢て云ふを俟たざるところなり。猶曲目に就ては当日席上に於て大田黒元雄氏の解説あるべし。
時日 大正六年十一月七日午後六時半
場所 京橋区南伝馬町「鴻の巣」三階
会費 一人金五十銭(曲目並びに茶菓を呈す)
会場準備の都合あるを以て来会希望者は十一月六日迄に東京市外
大森山王大田黒元雄宛申込まれたし。猶会費は当日御持参の事
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曲 目
「パアシファル」前奏曲 ミラン・シンフォニイ・オーケストラ ワーグナー
露西亜舞踊「アルミダの家」の円舞曲 ラシアンバレー・オーケストラ チェレプニン
交響音楽「アンター」第三楽章 ビーチャム・シンフォニイ・オーケストラ リムスキイ—コルサコフ
「イゴル公」の行進曲 ビーチャム・シンフォニイ・オーケストラ ボロデイン
シェファーヅヘイ第十六 ヘンリイ・ジェー・ウッド・オーケストラ パーシイ・グレインジャー
デリー州の愛蘭民謡調 ヘンリイ・ジェー・ウッド・オーケストラ パーシイ・グレインジャー
「薔薇の騎士」円舞曲 ビーチャム・シンフォニイ・オーケストラ リヒアルト・シュトラウス
露西亜舞踊「火の鳥」組曲 ビーチャム・シンフォニイ・オーケストラ ストラヴィンスキイ
番外独唱
明日【モルゲン】 フランセス・アルタ リヒアルト・シュトラウス
なべての魂【アラー・ゼーレン】 ウェレンラス リヒアルト・シュトラウス
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出典は大田黒元雄が自費出版していた雑誌『音楽と文学』1917年11月号の広告頁。小生が架蔵する一冊は牛山充(評論家。当時は東京音楽学校の雑誌『音楽』編集人)の旧蔵本であり、この頁の欄外には大田黒の自筆で、
御来會並びに御○聴を乞ふ (達筆のため○印難読)
と朱色で傍記されている。
ちなみに、このときターンテーブルに載ったSPのうち、チェレプニンを奏する「ラシアンバレー・オーケストラ」とある団体は、実際にバレエ・リュスのアメリカ公演に同行した管弦楽団、指揮は若き日のエルネスト・アンセルメである(CD覆刻あり)。ビーチャムが指揮したストラヴィンスキーとシュトラウスも、かつてCD覆刻が出たことがあり、理想的な環境で再生すると、かなり良い音がする録音であることに驚かされた。
京橋「鴻の巣」の再生装置ははたしてどうだったのだろうか。大田黒の伝えたい音楽の、せめてその片鱗だけでも当夜の聴衆には届いたのだろうか。