昼食を摂りに出た帰りにポストを覗くと、小さな荷物が届いていた。なかにはCDが一枚。
題して「
世界初録音集(ハイライト)」、副題に「
クラシック名曲 初演&初録音事典 発売記念 特別限定盤」とある。なるほど、これは最近(たしか三月末)出た平林直哉氏の近著のプロモーションと補遺の意味を兼ねてプライヴェート盤として出されたものであるらしい。
タイミングを失してしまい紹介が遅れたが、この
『クラシック名曲 初演&初録音事典』(大和書房、2008)は文字どおり鏤骨の労作である。内容は主だった楽曲の初演データ(これは比較的容易に知りうる)と初録音データ(こちらが調べにくい)を列挙したというもの。構想・調査十年とのことだが、さもありなん、長い年月をかけた情報と資料の蓄積がないと絶対に書けっこない。3,150円は決して高くない。
今日ご恵贈いただいたCDは、この本を編む過程で平林氏自らが身銭を切って収集した「初録音」の数々を「ちょっとずつお聴かせしよう」という好企画盤である。
なにしろ「未完成」「新世界」「幻想」、ベートーヴェン「第七」、チャイコフスキー「第五」の最初の録音が、ほんの数分ずつではあるが実際に聴ける。それぞれ1921、20頃、24、21、14頃の収録というから、すべて電気録音以前、いわゆる喇叭吹込時代の乏しい音だが、それでもちゃんと鑑賞に堪える。
当盤にはこの調子で、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(フィードラー指揮、1935)に始まり、ラヴェルの左手のピアノ協奏曲(ピアノ=ブランカール、ミュンシュ指揮、1938)で締め括られる全部で十六トラックが収められている。その多くはとびきりの稀少盤に違いなく、それを悉く架蔵したうえで同著作の執筆に取り組まれた平林氏は、やはり世評どおり「盤鬼」と畏怖されるに似つかわしい存在なのだろう。実体は至って心優しく友情に篤い男なのであるが。
個人的興味を言わせてもらうならば、プロコフィエフのカンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」の世界初録音の一部(オーマンディ指揮、フィラデルフィア、1945)が聴け、またバルトークの女友達でラヴェルの「ツィガーヌ」の被献呈者でもあるイェリー・ダラーニのヴァイオリン(モーツァルトの第三協奏曲、1925頃)を初めて耳にできただけでも幸せである。