十八日間の倫敦滞在で二十七演目を見聞した。自分の勤勉さにわれながら驚いている。日本では考えられないことだ。数年分の体験をまとめて味わった感じ。
演奏会は十九。ピエール・ブーレーズ指揮ロンドン響からアマチュア・オケ(サロモン交響楽団)まで、さらには市内各地の教会堂で催される若手演奏家の「ランチタイム・コンサート」にもこまめに足を運んでみた。こうして数多く聴いた割りに、震えるような感動を覚えたのは5月16日のフィリップ・ヘレヴェッヘ指揮によるバッハ(復活祭オラトリオほか)だけだったのは些か寂しい気もする。
どういうわけか今回は直前に指揮者やソロイストがキャンセルになるケースが相次いで、ヴァーノン・ハンドリーの指揮(13日)、マリア・ジョアン・ピレシュ(14日)とアンデジェフスキ(21日)とグリモー(25日)のピアノをすべて聴き逃がしたのは残念というほかない。よほど運が悪かったのだろうか。
逆に僥倖に恵まれたのは観劇体験だった。思いもよらず、憧れの大女優ヴァネッサ・レッドグレーヴの独り芝居(『ザ・イヤー・オヴ・マジカル・シンキング』/15日)を観る機会に巡りあったことは、生涯忘れられぬ想い出となるに違いない。評判の芝居で席は連日完売だったのに、たまたま小生の希望する日に二枚だけリターン・チケットが出て、二階の最前列で彼女の驚くべき至芸をつぶさに堪能した。まことに至福の一時間半だった。
ほかにもショーの『ピグマリオン』とカワードの『渦巻』(ともにピーター・ホール演出)は、台本を予習しておいた甲斐あって、言葉の障壁を乗り越えて楽しめたと思う。もう一本、これもカワードの映画を下敷きにした『逢びき The Brief Encounter』という新作が驚くほどの面白さ。この街で観られる芝居の奥深い味わいを垣間見た気がしたものだ。いずれこれらの体験については。忘れぬうちに詳述したい。
その合間を縫って、郊外のゴールドスミス・カレッジの「プロコフィエフ・アーカイヴ」にも何度か足を運び、プロコフィエフの日本滞在とそれに続く日本人との文通を跡づける史料も閲覧できた。今回の訪英の最大の目的はこれで達成できたと思う。
十八日間の滞在体験は地層さながらに折り重なって、記憶の奥底に沈んでしまいそうだ。そうならないうちに、二十日遅れの「日誌」としてそのいくつかを書き留めておくことにする。リアルタイムのエントリーでないので、どこまで臨場感が再現できるか心許ないのであるが、ともかくやれるだけやってみよう。